NECにおけるアジャイル開発を浸透させるための組織改革とは
チームレベルでのアジャイルは進みつつあるとは言え、「16th Annual State of Agile Report」によると「組織のカルチャーがアジャイルに適さない」「経営層・マネジメント層の理解が不足して支援が得られない」といった不満が寄せられている。大内氏は、「これを解消するには組織を変革する必要がある」と語った。
もともとNECのアジャイルは「ITによって顧客の課題解決や社会変革に取り組む」という企業ミッションに即したものだ。不確実性への対応や俊敏性の向上といった社会的課題に対し、DXがその解決策として目されている。技術が進化すれば必然的にできることが増え、その結果顧客のやりたいことが増え、それがまた技術の進展につながり多様化していく。日々変わりゆく技術や顧客ニーズを捉えて実現するには、アジャイルであることが欠かせない。
アジャイルとは、短い間隔で仮説検証を繰り返し、お客様に価値を継続的に提供することを目的とした開発手法の総称およびその考え方だ。さまざまな開発手法が提唱された中で共通要素を抽出し「アジャイルソフトウェア開発宣言」として2001年に宣言が行われ、以来急速に浸透した。また単に小分けで開発することではなく、短い開発サイクルの段階ごとに価値を提供することが大きな特徴だ。
NECでも2010年頃からアジャイル開発に取り組み、多くのチームやプロジェクトを確実に成功させるための支援を組織横断の推進チームが担ってきた。社内ガイドラインやサポート体制の整備などを経て、2020年頃以降チームレベルから組織レベルへと対象を拡大し、変革に取り組んでいる。
そうした中でさまざまな知見が得られたといい、大内氏は「チームと組織を別々に支援するのではなく、両者が調和することを念頭に取り組む必要がある」と語る。具体的には、チームレベルでの浸透に合わせて組織に対する支援も必要ということ、チームに対しては最初は型にはめることも必要だが自律性の獲得に合わせて柔軟なガイドラインへと変えていく必要があるということ、そして、組織のマネジメントや制度にもアジャイルの価値観を反映することの必要性があげられた。
大内氏は「私どもが考えるアジャイルでの成功とは、チームと組織が調和して市場のニーズに応じて迅速な価値提供が提供できることであり、それを再現性高く実現できることがNECの取り組みの特長である」と語り、「単に開発の手法の話ではなく、基本的な組織の考え方にまで浸透させる必要がある」と強調した。
さらに、そのためには、チーム個々のアジリティ達成のために“自律”が求められること、組織のアジリティは“規律”でチームを適切にマネジメントする必要があること、そして、自律や規律が適切に“調和”して機能することの重要性を訴えた。つまり、「チームを縛るのではなく支える仕組みが必要」というわけだ。
大内氏は「市場に直接価値を提供するのはチームだが、チームは組織の中にある。その組織もチームと一体となって価値提供に力を出すという関係性が重要」と述べ、「市場や顧客の変化に対し、チームは自律的に判断して的確に価値を提供し、組織はそれを支えるために規律を働かせる必要がある。チーム・組織と市場の三者がかみあうことでビジネス自体を加速できるはずだ」と語った。
組織変革における3つの重要ポイントとDisciplined Agileの活用
それではそうした仕組みを実現するために、NECではどのような組織変革を行ってきたのか。自律と規律の調和のために、自律型チームに対するマネジメントを前提とした組織のアップデートポイントとして3点紹介した。
まず「①ビジョンの共有」については、スピードを高めるためにチームの自律性を強化するものだ。NECでは「Why」という目的を共有し、いかに実現するかという「How」はチームに任せるというアプローチをとっている。そして「②多様な事業環境への対応」は、顧客のニーズやチームの状況の“多様性”を前提とし、それぞれの働き方・多様性に合わせた柔軟な選択肢を用意している。大内氏は、「従来は割とカチッと『こうやりなさい』と定めて、それに合わせることで効率を高めてきたが、アジャイルの場合はそうはいかない。多様性が重要になってきている」と評した。
そして、「③顧客中心主義の実現」については、顧客ニーズの実現を第一として、その実現者である対応チームが最大のパフォーマンスを発揮することが重要との考えを述べている。そのためには、組織のガバナンスがチーム活動の妨げになってはならず、一方で必要とする支援ができるよう適切な関与が必要というわけだ。
これらの実践は、次の図で示されているように、組織幹部、制度管理チーム、アジャイルチームの三位一体で構成された変革チームによって推進される。市場をとらえ、組織が目指す姿としてビジョンを明確にし、組織内に浸透させるのは組織幹部の役割であり(①ビジョンの共有)、制度管理チームは個々に状況の異なるアジャイルチームに対して硬直的なルールではなく多様性を考慮した柔軟な指針と(②多様な事業環境への対応)、アジャイルチームが必要とする支援を提供する(③顧客中心主義の実現)。さらにこれを事業単位で変革チームを支援するのが大内氏の所属する組織横断のアジャイルプロフェッショナルグループである。
「①ビジョンの共有」について、大内氏は「多様性の時代にチームが自律的に活動しなければ対応が難しい。しかし勝手気ままに動いては、組織の意思とずれてしまう。チームが組織の意思とずれることなく自律的に活動するためには、組織がビジョンを共有しゴールを明確にする必要がある」と解説する。
また「②多様な事業環境への対応」については、市場や顧客課題の多様化に合わせ、対応するアジャイルチームが向き合う課題や状況も画一的ではなくなっている。したがって、これに対する解決や支援においても従来のような唯一解では解けないケースが増えており、前提に合わせて柔軟に選択できなければならない。NECではこれを実現するためのアプローチとして、PMIが推奨する「Disciplined Agile」をNECが持つノウハウと組み合わせて活用している。
アジャイルを成功に導くツールキット「Disciplined Agile」とは
Disciplined Agileは、チームおよび組織の最善の働き方をゴール指向で検討するために、実用的な戦略やプラクティスを豊富な選択肢として提供するツールキット。フレームワークではなく、あくまでプロジェクトやチームの状況に応じて最善の働き方をガイドし“選択”させることによって、アジャイルを成功に導く。NECではこれを取り入れるにあたり、2022年6月にPMIとパートナーシップ契約を締結。アジア・パシフィックリージョンで初のパートナーとして活動を開始している。
「③顧客中心主義の実現」に関しては、従来はIT領域でもプロダクトアウトとして製品を作ってから市場に展開するという考え方が多かったが、近年はいわゆるマーケットインの必要性が高まっている。そのためには顧客ニーズを素早く見極め、それに応じた価値をタイムリーに提供していくことになり、組織としても、顧客に最も近い現場がいかに自律的に動けるよう支援するかが重要である。
NECが行った「3つの推進ステップ」の具体例
NECでは、「アジャイル対応力レベル」に応じて段階的に変革する取り組みを行っている。チームでの実践が始まるレベル3からは変革チームを組成し、レベル4である組織内への拡張や定着を目指した活動を推進する。
これら活動の一つとして、レベル2から3へ移行するための「組織変革事例」が紹介された。この事例は、大内氏のアジャイルプロフェッショナルグループと組織側の変革チームが連携し、現場チームの課題を把握したうえで働き方(WoW)についての指針提供を目的としたものであった。
チームにおける困りごとなど①課題抽出を行い、②整理して「解決すべき課題」を明らかにし、さらに③解決策としてDisciplined Agileツールなどを使って指針を定めていく流れだ。その上で、実際に導入するチームが選択肢の中から選んで確定する。
「①課題抽出」では、具体的なチームを念頭に、現場目線で課題の抽出を行うことを目的として「カスタマージャーニーマップ」が活用された。具体的なチームのペルソナを設定し、時間軸にそってどのような出来事があるのか、ペインやゲインが発生するのかを抽出していく。大内氏は「チームを組織の顧客と見立てると、その困りごとを分析するのにカスタマージャーニーマップが適している」と語った。
たとえば、社内組織AのチームBでは、ローコードプラットフォームを活用して、アジャイルで新規事業開拓プロジェクトを実施。なんとか終了したものの困りごとが多く、次回以降それを発生させないために当施策を実施した。
まずプロジェクトの流れの中で、それぞれ発生した出来事や行動を入れていき、それに沿った出来事や課題を抽出した。「新規領域の業務ノウハウがない」「品質をどう担保するか」「運用をどう定めるか」などの他、審査やリリースのプロセスも未整備であることが明らかになった。これをKJ法で「似た情報」を整理し、「今後整備すべき課題」としてバックログに登録する。
さらに解決策の検討として、どのような働き方ならば課題が解決できるかを考えていく。なお、ここではチームBの課題および解決策だが、今後は他のプロジェクトにも適用することを想定し、幅をもたせて定義するのがポイントだ。前述のDisciplined Agileおよび他にNECが持つノウハウやナレッジを活用していく。
Disciplined Agileについては、企業全体の「エンタープライズレベル」から「基礎レイヤー」まで用意されているが、今回は組織改革として「DevOpsレイヤー」が該当し、組織のプロダクト開発および前後のプロセスを含んだ領域が対象になる。
その中に、プロセスゴールとして考慮すべきポイントが多々ある。たとえば、「方向付け」としては「チームの形成」や「エンタープライズ方針との整合」などがあるが、必ずしも全てを考える必要があるわけではない。これをバックログに登録した内容と、どのプロセスゴールを考えるべきか、紐付けを行う。たとえば今回の事例なら、「チームの形成」「チームのチームメンバーの成長」「作業方法の進化」「リスクへの対処」などが見るべきプロセスゴールになる。
そして、これらのプロセスゴールに対して、Disciplined Agileでは「プロセスゴール図」と呼ぶツリー状のナレッジを提供している。
例えば、「チームメンバーの成長」というプロセスゴールなら、「ディシジョンポイント」として、「スキルと知識の改善」「フィードバックの提供」「チームの維持」などがあり、「スキルと知識の改善」において「選択可能なオプション」として「コーチの配属」や「ノンソロ作業」などが推奨される。その中から各チームが選択して、実行していくわけだ。これを組織の制度の仕組みや規律として制度化していく。
こうした方法でNECのアジャイルへの取り組みは進められており、少しずつ変革の成果が出はじめている。例えば「①ビジョンの共有」に関しては、組織の意思とぶれないチームが実現しつつあり、「②多様な事業環境への対応」については、柔軟性や俊敏性が向上して無理・無駄が減ってきた。「③顧客中心主義の実現」では、顧客が受け取る価値を意識することが定着してきた。
大内氏は、「ビジネスアジリティの獲得には、既に取り組んでいる企業・組織もあると思う。NECの例が参考になれば幸い」と語り、「組織変革やビジネスアジリティ獲得に支援が必要であれば、ぜひお声かけいただきたい」と語り、セッションの結びとした。
NECはお客さまのビジネスアジリティの実現をサポートします
NECはアジャイルもビジネスの一環としてとらえ、システム開発だけに留まらず、お客さま視点で課題に共に向き合い、お客さまに価値を提供することを大切にしています。「NECのアジャイル」にご興味を持たれた方は、公式サイトからお問い合わせください。