ユーザーが直接伝えてくれるフィードバックが製品の価値となる
「書を捨てよ、町へ出よう」という寺山修司の有名な作品がある。だが、今回登壇したウイングアーク1stでデータ活用のためのプロダクト全体のPdM、UX設計を率いる橋田哲尚氏と、プロダクトエンゲージメントを担当する笹原徹氏が打ち出したのは、「書を捨てず、街にでよう」。つまり、「書」を武器に現場の最前線に立とうというメッセージだ。
ウイングアーク1stにとっての「書」となるのは、リレーショナルデータベース「Dr.Sum」。散在する企業の大量データを統合・活用するデータ分析基盤であり、導入実績は6,900社以上、国内シェアトップ(※)を誇る。
※出典:ITR「DBMS/BI市場 2021」データ分析/レポーティング市場:ベンター別売上金額推移およびシェア
Dr.Sumはデータを収集・蓄積・分析してレポートを作成するBI(Business Intelligence)製品で、その特徴は「数億件のデータを秒単位で応答する集計スピードと使いやすさ、豊富なデータ連携に機能にある」と笹原氏は強調する。セッションでは他社製品との処理スピードを比較するデモも行われた。
いわゆるデータウェアハウスやデータマートのポジションに置かれる製品で、同社が独自に開発しているデータベースエンジンを内蔵している。
一方「街」とは、“ユーザーが感じていることや伝えたいことのリアルな現実”を指す。橋田氏と笹原氏は実際にユーザーから寄せられた熱い要望の声を提示し、それに対するエンジニアにありがちな対応を指摘する。
「エンジニアは真面目で正確性を求めるので、まず要件の難易度を考え、どれだけ時間がかかるのかであったり、できない理由を返してしまったりしがちです。自分は真摯に対応してるつもりでも、ユーザーからは冷たい対応をされたという印象を持たれてしまうことが多い。エンジニアがどう向き合っていくかは、永遠のテーマと言えるでしょう」(橋田氏)
同社では、要望はチケット化し、3カ月以内に対応を完了させるスピード感を大切にしているという。
では、ユーザーの信頼を獲得し、期待してもらう「プロダクトエンゲージメント」とは何か。ウイングアーク1stでは、プロダクトエンゲージメントを「バリューチェーンに関わる人に、とにかく製品を好きになってもらう」と定義している。
開発は良い製品を作ってさえいれば良いわけではなく、バリューチェーンに関わる部門、人々の信頼と期待があって、初めて良いデリバリーができる。開発に対して「自分たちの声が通っている」という距離感と、それに付随する製品に対する思いに対して、開発が直接対話することが大事であると思い始めたという。
「そもそも関わる人と向き合わずに良い製品を作ることはできない。全ての部門のフィードバックがあるからこそ、製品で成長できるのです。それをプロダクトエンゲージメント活動をして明確に銘打っていることが、我々の現在のステータスになります」(橋田氏)
ユーザーコミュニティ「nest」での交流から改善のヒントを得る
続いて、実際にどのような活動をしているのかが紹介された。その1つがウイングアーク1stが運営する「nest」というユーザーコミュニティだ。「nest」は、ユーザー同士が課題を解決したり、チャットでコメントしあったりする場である。
「文字の伝達だけではなかなか伝わらないことも、画面を見ながら説明することで解決に導くことができるので、お客様にとっても喜ばれる場となっています」(笹原氏)
ウイングアーク1st側としても製品の問題点や課題などを把握することができる。なにより、難易度の高い機能の使い方や課題を解決したことによるユーザーの喜びが直接伝わるため、やりがいや開発のモチベーションにも繋がっているという。
2022年に開催されたウイングアーク1st主催の国内最大級ビジネスカンファレンス「updataDX22」では、ユーザーとのパネルディスカッションも実施された。「nest」で信頼関係を築いてきたからこその距離感で、ステージ上でもかなり濃いトークが展開されたと笹原氏は振り返る。
「製品に関する要望や、すぐには実現できないような意見なども寄せられましたが、それらを素直に言い合える状態で、フィードバックもいただけること自体が嬉しいことだと思っています」(笹原氏)
また、社内にアンテナを張ることも大事だという。ウイングアーク1stにはSE部門があり、顧客の運用や構築、製品の課題に向き合うことも多い。笹原氏らは、週次の定例ミーティングに参加してそれらをヒアリングして解決策を講じたり、新機能の共有を行ってフィードバックを受けるといった連携も行っている。
社内のSEは試用版から使うため、最初のユーザーでもある。現場の反応やフィードバックがリリース前に把握できるのは非常に大きいと言える。
その他にも笹原氏は、月に1回「TORU SASAHARAのSumタイム」と題したZoomのウェビナーを社内向けに行っている。
「Dr.Sumの最新情報や、これまでの歴史についてCTOとの対談、開発メンバーとのぶっちゃけトークなど、毎回さまざまなゲストを招き、開発秘話やエンジニアの顔を知ってもらうことで、プロダクトエンゲージメントを高めています」(笹原氏)
こうしたプロダクトエンゲージメントの活動を続けることで、開発エンジニアの意識にも変化が見られるようになった。例えば手動のセル幅変更など、スモールユーザビリティの改善であっても、ユーザーが使い続けたいと思えるかどうか。そしてすぐ対応できるマインドを大切にすることで、より良い製品を作っていきたいと、新たな決意を語った。
ウイングアーク1stのエンジニアたちの熱い挑戦は、テックブログで発信しているそうなので、興味のある人はぜひチェックしていただきたい。
開発者がプロダクトに提供できる価値とは
最後に、開発者にとってプロダクトエンゲージメントとは何なのかについて語られた。
開発者の仕事は最終的なプロダクトに価値を乗せ続けるということ。では、そのプロダクトの価値とは何かと考えたときに、まずは応答速度・計算速度・扱えるデータ量などの「普遍的価値」があり、その上に機能や体験といったプロダクト開発者が提案する価値があるという。
「その中にはユーザーが欲しい価値とユーザーが気づいてない価値があり、それらを機能として開発者が提案し、実装してカタチにしたものがプロダクトというものだと思います。そこで開発者がどれだけ消化できるかが、重要になってくるでしょう」(橋田氏)
橋田氏いわく、プロダクト開発者が提案する価値は2つに分かれる。1つはプロダクトのドメインとして知り得る価値。例えば、データベースの知識や関係演算の知識など、開発者として学習することで価値は高くなっていく。もう1つは、業務や利用方法を知ることで生み出せる価値だ。製品の使われ方がさまざまであればあるほど、ユーザーがその製品に期待することは多くなる。
「特に製品独自の価値を載せていくことは、とても重要だと考えています。現場に出てそのフィードバックを得ていくことで、プロダクトに価値を乗せる醍醐味であり、難しさでもあると思います。実際にユーザーの顔を思い浮かべながら開発できることが最も大切なことだと言えるでしょう」(橋田氏)
「書を捨てず、街に出よう」という言葉には、プロダクトエンジニアが良い製品やサービスを作るためには、現場を知ること。そして関わる方々の信頼と期待が生命線になってくるといったメッセージが込められているのだ。