老舗IT企業が注力するXRプロダクトとは
TISは約50年の歴史を持つ老舗IT企業であり、国内シェアにおいてクレジットカードでは50%、デビットカードでは86%という強固な地位を築いている会社である。従来のシステムインテグレーション事業に加えて、近年は自らを事業主とするサービス開発事業にも力を注ぎ、「総合ITサービス企業」として活動している。
テクノロジー&イノベーション本部 デザイン&エンジニアリング部 シニアアソシエイトの大北氏は2019年に新卒で入社し、2021年から社内公募を通じてXRチームに参加。Unityエンジニアとして、同社のXRサービス開発に携わっている。なお、XRとは、現実世界に情報を重ねるAR、空間を認識し、コンテンツを現実に重ねるMR、仮想空間を現実のように体験できるVRの総称だ。
大北氏は、TISが開発したいくつかのXRプロダクトを紹介した。
「RE:COLLAB Rooms」は、VRゴーグルを用いて遠隔地からでも共同作業が可能なツールである。参加者は同じ空間にいるかのようにコミュニケーションを取り、付箋への書き込みや貼り付けができる。
「TeleAttend」は遠隔地からVRデバイスを用いてツアー案内を行うシステム。ガイド役がVRで案内し、現地参加者はタブレットでその案内を受ける。「TeleAttend」の利点は、遠隔地からの案内で参加者がガイドの存在をリアルに感じられることである。一方、欠点はコンテンツ作成に時間とコストがかかることである。
この欠点を解消するべく開発したのが「XRCampus ツアー」だ。これは、360度動画を活用したバーチャル空間でのツアー型イベントサービス。その利点は、その手軽さと低コスト、スマホからのアクセスのしやすさにある。また、欠点はリアルタイム性の欠如と、ガイド不在時にコンテンツを楽しめないことである。
リアルタイム性を改善したのが「XRCampusイベント」。360度カメラとアプリ内ボイスチャットによって参加者とのコミュニケーションが可能で、社内イベントや音楽ライブなどにも使える。良い点は、手軽さと低コストの維持、ユーザーがコンテンツを選べること。一方、欠点は限定されたボイスチャットと、収容人数や利用時間の増加によるランニングコストの増加だ。
さまざまな試行錯誤を経て開発された「BURALIT」とは
さまざまなXRプロダクト開発を経て、現在注力しているサービスが「BURALIT (ブラリト)」だ。「BURALIT フィールドテスト版」は、用途を絞り込み、使いやすさを改善したサービスである。このサービスは、実写による360度映像を用いて、好きな場所の旅の下見ができるように設計されている。対象はイベントではなく、観光地であり、事前に撮影された映像を使用して、工場や電車の見学など、全国各地の観光地を回る体験が可能である。良い点は、観光地の最適な時期をコンテンツ化できることと操作性の向上である。
これまでのプロダクトはスマートフォンアプリであり、インストールが必要で、未知のアプリへの抵抗感を持つ人もいるかもしれない。この問題を改善するために「BURALIT ブラウザ版」を開発した。大北氏はプレゼンテーション中に動作デモを実施した。このデモでは、ユーザーが3Dアバターとして同じ空間でコミュニケーションできるようになっており、アバターには方向を示すリアクションやボイスチャットの機能が備わっている。
BURALIT ブラウザ版の良い点は、インストール不要で直接遊べる利便性、グループでの利用可能性、そしてP2P技術によるランニングコストの抑制(75%削減)だ。欠点は、スポットの数や更新頻度が不足しており、操作性と回遊性に改善の余地があること。
BURALITの目標は、地域の魅力を伝えて、地域活性化に寄与するアプリとしての地位を築くことである。これを実現するため、TISはコミュニケーションを促進する機能の追加及び改善に努めている。さらに、増加傾向にあるインバウンド需要に応える機能の強化、観光スポットの拡充にも力を入れている。
大北氏は自身のプレゼンテーションの最後に次のようにコメントした。
「私たちは、社会課題解決の手段としてXRの将来性に注目していますが、インフラをはじめとする多くの課題が存在していることも理解しています。TISでは、XRに関する研究開発と情報発信を積極的に行っており、Webサイト「XR Campus」で最新の取り組みを発信していますので、ぜひご覧ください」
UnityベースのXRフレームワーク「Extreal」開発の裏側
続いては、テクノロジー&イノベーション本部 開発基盤センター エキスパートの伊藤 清人氏が登壇し、XRプロダクト開発の裏側について語った。
伊藤氏は2010年にTIS社に入社し、2011年からXRの事業開発に参画している。そしてUnityベースのXRフレームワーク「Extreal」を開発し、BURALITなどのサービス開発を推進している。伊藤氏はBURALITの仕組みを解説した。
BURALITに入ると、ホーム画面で観光スポット一覧が表示される。スポットに入ると、そのなかでさらに360度動画が見られる「ルーム」にアクセスできる。ルームやアバターなどの3Dモデルは、CDNを通じて配信されており、APIを経由してバックエンドにアクセスし、スポットやルームの情報をデータベースから取得する。アプリの利用状況を分析エンジンに送信して可視化する作業が行われている。これらはWebアプリの開発とあまり変わりはない。
メタバースの特徴として、コミュニケーション機能が追加されている。P2P通信を利用して、コミュニケーションを実現している。加えて、WebRTCの技術を用い、グループ機能やマルチプレイ、ボイスチャットなどの機能を実現している。
Webエンジニアが語る、XRプロダクトを開発する難しさと面白さ
続いて伊藤氏は、WebエンジニアがXRプロダクトを開発する上での難しさと面白さを「UI/UXデザイン」「システム構成」「アプリケーションアーキテクチャ」「テスト」「体制」の観点で説明した。
UI/UXデザインでは、事例やノウハウが少ないため、実際にプロトタイプを試すまで成果を予測しにくい。このプロセスは時間を要し、デザインと開発の計画が重要になる。一方、プロトタイプのテストを通じて、「こんなことができたら良いな」という期待や創造性が湧き、デザイナーも開発者も創造性を楽しむことができる。
システム構成は、大部分が一般的なWebアプリと似ており、データ登録も「いいね」機能程度で、高いデータ記録品質を求められていない。しかし、コミュニケーションやマルチプレイの部分はWebアプリとは異なり、プレイヤーの位置や動きを同期させるために頻繁なデータのやり取りが必要で、特に大人数を同期させる場合は専用サーバーが必要になり、コストが急増する。現在はP2Pを利用して小グループでコストを抑えているが、参加人数が増えるとコストも上昇する。コストを抑えつつ、マルチプレイの参加人数を増やすことは、エンジニアにとって楽しめる挑戦でもある。
アプリケーションアーキテクチャは、Unityの場合あまり意識せずに作られることが多いことから、情報が少ない。このギャップを埋めるため、TISでは試行錯誤を重ねてきた。その結果、「Extreal」というフレームワークを開発し、これをOSSとして公開している。伊藤氏は、世の中にノウハウがないなかで試行錯誤するプロセスは非常に楽しく、XRの普及に貢献する可能性を感じられる点も魅力だとした。
テストは、品質要求に基づく範囲で行う。3Dプロダクトのテストでは利用体験の確認を優先し、大きな機能リリース時にはモンキーテストで不具合を洗い出す。現在は新規事業開発の初期段階なためテスト自動化やCI/CDは導入していないが、今後は3Dプロダクト開発特有の面白さが生まれると期待している。
最後の観点は体制について。XR分野は歴史が浅く、有識者が少ないため、エンジニアを集めに苦労する。社内外からの採用や協業を継続しながら、組織的な学習と育成に注力している。この一環として、「Extreal」に機能やノウハウを集約し、BURALIT開発でのアーキテクチャ説明会や公開設計レビュー、ノウハウの文書化を進めている。
また、マルチプラットフォーム対応や学習のしやすさから、Unityでの開発を続けているが、ウェブ開発と比較すると開発体験が見劣りする印象がある。例えば、コードを変更してから動作確認するまでに数秒かかるため、開発者のリズムを損ねている。そこで、WebXRなどのWebアプリでXRを開発する環境としてReact-three-fiberに注目している。Three.jsを基にしたJavaScriptライブラリをReactベースでコンポーネント化し、開発を容易にするものだ。
このように、TISでは中長期的視点のコア技術戦略の下、XRを研究開発し、その成果を新規事業に適用している。得られたノウハウはフレームワーク化し、他事業部の利用を可能にすることで市場創造と競争力強化を目指している。また、技術ノウハウを共有するサイト「Fintan」を通じて、基本戦略を公開し、オープンイノベーションを推進している。
伊藤氏は最後に「『エンジニアの皆さん、XRを始めませんか』と伝えたいと思います。XRはまだ普及していない状況ですが、今後注目される可能性があります。新しい体験は成長につながると思いますので『一緒に頑張りませんか』というのが、私たちからのメッセージです。XRのデザイナーエンジニアを募集していますので、ぜひエントリーしてください」と呼びかけた。
講演資料はFintanにて公開中!
本講演の資料は技術ノウハウ共有サイト「Fintan」にて公開されています。ぜひご覧ください。