なぜ人事部門内にエンジニアグループを発足する必要があったのか
パーソルキャリアといえば「doda」をはじめヒューマンリソース(人事)を扱う企業。「だからこそ自社の人事課題にも本気で取り組まないといけないと人事エンジニアグループ(以下、HRDXグループ)を立ち上げました」とパーソルキャリア テクノロジー本部 デジタルテクノロジー統括部 デジタルソリューション部 人事エンジニアグループ マネジャー 柳賢二氏は言う。なお現在は人事本部 人事IT推進部 HRDXグループのマネジャーも兼任している。
設立当初の課題は大きく分けて、人事組織の縦割りの弊害と人材不足の2つ。まず縦割りの弊害について柳氏は「部署や施策ごとにそれぞれいい活動をしているものの、スコープが異なるためノウハウやデータなどが複数部署の管理職ミーティングで議題にならない。つまり情報共有に課題がありました」と話す。そのため部署横断的なデータ活用ができない、あるいはシステムが非効率に乱立してしまうなどの弊害が懸念された。
ただし部署間でコミュニケーションがなかったわけではない。派閥があるわけでもない。みな従業員を向いていた。ではなぜ人事部門内にエンジニア組織を作ったのか。その理由として柳氏は①世の中の変化、②人材採用競争、③ニーズ多様化の3つを挙げた。
①はVUCA時代に向けて対応力が必要になり、人事や組織も当てはまるということ。②はヒトの力を活用していく必要があるということ。他社のサービスやシステムを真似ることはできても、アイデアを生み出すのはヒトだ。ヒトの重要性を今以上に理解した上でパフォーマンスを最大化していく必要がある。③はライフスタイル多様化に向けて、はたらくうえでのニーズに労働基準法や労働安全衛生法の遵守も含めて効果がある対応をしていく必要がある。こうした背景から人事にエンジニア組織を設立しようという話に結びついた。
視点を変えると「“知る”から“改善”までの対応スピードを上げる必要がある」と柳氏は言う。データを収集し、業務を可視化することで仮説が立てられるようになり、それを検証することで最適化や改善につなげることができる。このサイクルを早く繰り返すことがITの力であり、これを人事にあてはめれば社員にキャリアの選択肢を提供することにつながる。
立ち上げたHRDXグループに所属するエンジニアの職種は次の通り。各部署との関係作りや組織としての戦略をたてるビジネスストラテジスト、プロジェクトを管理するPM、課題の原因について仮説を立てて解決策を提案するデータアナリスト、データを可視化するBIエンジニア、データを管理するデータエンジニア、データ連携やインフラの構成設計や構築するインフラエンジニアだ。
こうした職種のくくりはあるものの、柳氏は「互いに協力しあい対応しています。自分の仕事はこの領域だけという考えは持っていません。そうすることでチーム間でボールがこぼれるのを防いだり、ひいては今後のキャリアの拡大にもつながると感じています」と話す。
そうはいうものの、やりたいこと(やらなくてはいけないこと)に人手が追いつかないという課題もある。柳氏は「やりたいことに対してどれくらい効果が出るのかなどを踏まえたうえで組織のポジション作りを推進しているところです」と話す。
人事データ基盤のシステム構成やアーキテクチャ概要
ここまではHRDX組織のなりたちや体制について見てきたので、ここからは人事のデータ基盤のシステム構成について解説していこう。
当初構築した背景には、データ活用が進んでいないという課題があった。人事で業務利用するシステムは多岐にわたるため、データを結合した分析を実践しづらかった。実業務では手作業でデータ加工するなど工数も発生しており(ミスも増える)、人材不足に拍車を掛けていた。またデータの定義がばらばらで集計するのに問い合わせなどで手間がかかるという状態だった。
そこで人事データに関する適切な活用を促進するために人事データ基盤を構築し、年間で新規BI案件やデータ分析案件のKPIを定めて運用していくことにした。また柳氏は「この人事データ基盤施策は人事本部向け戦略施策として推進する将来の人事テクノロジー活用に向け、データを一括管理することに意味がある。それだけではなく(構築して終わりではなく)HRDXグループとして人事本部がデータ活用し、会社や社員にプレゼンスを発揮できるように伴走することを目標として進めています」と話す。
人事データ基盤は社内システムや既存の外部サービスをデータソースとして、API連携やファイル連携などを通じてデータを集約している。アーキテクチャは6層(データソース、データ連携層、データ蓄積層、データ加工層、データ提供層、データ活用)で構成している。
特徴的なのは確定情報と未確定情報(計画段階)で分けているところだ。未確定でも最新情報を知りたい場合にはコネクタを通じてアクセスできるようになっており(図の青い部分)、確定情報はデータレイクに蓄積したデータをDWHにかけてアクセスできるようになっている。
データフローをデータソース、データ収集、データ蓄積、データ加工、活用といった流れで分解したものが下図になる。データ蓄積では、Cloud Storageの収集用バケットにデータを年月日でパーティションを区切り蓄積するようにした。その上でBigQueryで取り込み、加工する。
人事データなので、具体的には社員属性情報、給与情報、勤怠情報など従業員にかかわる情報となる。全部で12種類の情報があるなか、まずは業務利用頻度の高いものから連携を始め、2023年12月には一通り連携できるところまで到達した。
データ蓄積まで進むと、次はデータ加工・活用という流れになる。ここでデータ活用で使うBIとしてLookerを選定した背景について触れておこう。BI選定の要件としては、容易にアカウント数の増減(コスト)できること、データ取得を自動化かできること、個人情報が含まれるためデータアクセス制限は行や列単位で制御できること、人事データ基盤と親和性が高いことなどが挙げられ、最終的にはLookerを選定した。
データ連携を進める時には選択肢を用意して交渉にあたる
データ連携するからには、各部署との調整も必要になる。まずは上級管理職に取り組みを説明して合意を得るところからはじまり、業務担当者やシステム担当者を通じて連携方針を確定していく。しかし人事データは個人情報が含まれることもあり、ハレーションが起こりやすい。「大丈夫なの?」と疑念を持たれることもある。
スムーズに交渉を進めていくには信頼関係が欠かせない。単刀直入に「データ連携したいです(あなたの部署が持つデータをください)」と持ちこんでしまうと、いささか強引で相手の警戒心を高めてしまいかねない。そこで柳氏はシステム連携パターンを提示して「この中のどれなら連携しやすいですか?」と相手に連携方法の選択肢を与えるようにした。連携パターンには、データベースと接続して連携、APIでデータ連携、バッチ処理で取得、システム間連携、RPAでデータ取得、個別連携など8通りの選択肢を用意した。
人事領域のデータマネジメントでは、体制と運用プロセスを検討した。あるべき姿として「はやく」「正確に」「安全に」と定め、基本方針には「さまざまなニーズに活用/提供できる」「データの価値を向上し続ける」「データは資産と認識し、適切に大事に管理する」「人事業務に関わる全てのヒトが人事データのデータマネジメントを担う」「全員で協力して目的を達成する」と定めた。データマネジメント組織は、HRDXグループのエンジニアと人事の業務部門担当者が協力してデータやメタデータを管理できるような体制にしている。
最後にどのような効果が得られたのかを振り返る。柳氏は大きく分けて、①業務改善効果、②分析施策の加速、③会社ビジョン実現、④リスク対応の4つを挙げる。
①はこれまで業務部門に課されていたデータ登録、集計、保守作業が改善されるなどして、業務効率化が図れた。②は分析施策の対応スピードを高めることができた。あなどれないのが「データ受領待ち時間」だ。部署間のデータのやりとりでは、先方が業務の合間を縫って手動でデータを用意していると「待ち」が生じやすい。データ基盤を構築したことでこうした待ち時間を改善できたという。
③はデータ活用していくことで企業ビジョンの実現にも貢献するということだ。そして④は目的がないデータ共有の防止や手作業によるヒューマンエラー防止、まただれが・いつ・何をしたかの監視などをすることでリスク対応にもつながる。こうした効果を振り返り、現時点では2次の施策を進めているところだ。
全体を振り返り、柳氏は「ここまでたどり着くのに、役員・会社経営者からの後押し(投資)が得られたのが大きかったのと、業務部門(人事本部)の協力も大変助かりました。またいろんなプロジェクトを並行して進めていくなかで、HRDXグループのメンバーが担当範囲を越えて協力する体制も重要でした。あと営業力。私の上司が人事データ基盤の構築や組織作りについて経営者と直接会話したことは起爆剤になったとも言えます。そしてデータ基盤は作って終わりではなく、定期的に改善することに皆さまも注力していただければと思います」とアドバイスする。
将来の展望について、柳氏は「システム・データの観点からは時代に合うシステムづくりを継続して世の中の状況や戦略に迅速に対応していくこと、蓄積したデータもデータマネジメントを継続して品質を担保し続けること、データ拡張することが必要になります。こうしたデータを使うことで人事施策への活用へと進めていこうと考えています。また(ITやデータ施策で)システム部門が関与すると制限がでてしまうため、業務部門内にデータやBIを活用できるエンジニアを育成していくことを進めていきたいと思います」と抱負を述べた。