エンジニアの前に現れる「職位の壁」
庄司氏の講演は、2016年にクックパッドで人事部長を引き受けたことの回顧から始まった。当時のクックパッドは経営体制をめぐる「お家騒動」に揺れていた時期であり、立て直しを求めてオファーされたという。エンジニアとしてキャリアを積んでいた庄司氏にとって、混乱のさなかにある人事部長というポジションは「絶対引き受けたくない」仕事。それでも、最終的には火中の栗を拾うことを決意した。
その意思決定に大きな影響を与えたのが、当時任天堂で代表取締役を務めていた岩田聡氏のインタビューだ。
当事者になることの重要性を説いた岩田氏の言葉。当時置かれていた状況を重ね、「かっけーな、ロックだな」と感じた庄司氏は、人事部長になる道を選ぶ。
「岩田さんの言葉を目にして、『まさに俺のことだ』と感じました。当事者になれるチャンスがあるのに、自分がつらいからといって逃げるのか?と」
岩田氏の言葉に背中を押され、重圧を担った庄司氏。この経験を振り返り、講演の意義を改めて強調する。
「何かを決めるときに、どのようなことを考えて決断するかはかなり重要だ。自分自身、10年前には見えていなかったことが見えるようになり、『今ならこういう決断をするだろう』と方針を変えた部分が多数ある。本日の講演を通して、自分の経験が誰かの参考になれば幸いだ」
本題に入るにあたり、庄司氏は共通理解の基盤として、エンジニアの「職位」を4つに整理した。それぞれの呼称は以下の通りだ。
- ジュニア
- シニア
- スタッフ
- プリンシパル
庄司氏曰く、「シニアとスタッフの間には大きな壁がある」とのこと。Googleを例に取ると、シニアがL5、スタッフがL6に相当するが、Googleでは多くのエンジニアがL5で頭打ちになることが珍しくない。この傾向は「世界的なもの」で、「スタッフエンジニアになると、見える世界がかなり変わる」。この職位の壁も含め、自身が見てきた景色の変化を共有するのが本講演の趣旨だ。
「見え方」としての3ポイント
第一に挙げられた景色の変化は、見え方としての「視座・視野・視点」。
視座はその高低で評価され、一般に経営層に近づくほど高く、現場に近づくほど低い。ただし、この高低はあくまでも位置の話であり、「高いからよいということではない」。高すぎると足元が見えず、低すぎると遠くが見えないことがあるためだ。
視野は広さ・狭さで評価され、ときに「中長期的な目線を持ってほしい」という時間軸、「サービス全体を見てほしい」という空間軸の意味合いで使われる。
視点は主に「鋭い」「鈍い」で評価される。同じもの・同じところを見ていたとしても、そこからどのような洞察を得るかは人によって違う。たとえば自分の所属する開発チームの規模が小さかった場合、「小さいから大規模な開発ができない」と捉えるか、「小さいから小回りが利く」と捉えるかは、視点の違いとして説明できる。
どのような仕事であっても、“立場が違うと意見が食い違う”という問題はありふれたものだ。庄司氏によれば、こうした悲しい食い違いは「視座・視野・視点」の3点に起因するといい、「上層部が頭ごなしに『もっと長期的な視点を持て』『サービスの価値を考えろ』とアドバイスすべきではない」と諭す。
「自分が他の視点や視座からものを見るようになってしまうと、それが見えなかった時の気持ちを忘れてしまう」。それゆえに、「意見の食い違いが発生したときには、まずその人の視座を引き上げ、どこを見るべきかを説明して理解を得るべきだ」というのが庄司氏の意見だ。