生成AIがもたらす「次世代プラットフォーム」としての車
講演は、「2023年からLLMや生成AIが我々の領域に押し寄せた」という青木氏の言葉から始まった。生成AIはソフトウェア開発にとどまらず、製造業など多領域に変革をもたらしているが、完全自動運転を目指すチューリングも生成AIベースのコンセプトカーを発表している。
このコンセプトカーについて青木氏は、車のデザインから完全自動運転の在り方まで、AIとの対話を通じてアイデアを練り上げていったと振り返る。「通常は半年ほどかかるコンセプトカーが、2か月程度で完成した」というから驚きだ。
このような進め方は、ソフトウェアエンジニアリングでは、もはや普通のことかもしれない。しかし青木氏によれば、ものづくり系の業界ではまだまだAI活用が進んでいないうえに、自動車業界へのソフトウェアエンジニアの参入も少ないという。
「自動車業界へは入りにくいイメージがあるのか、みんなWeb系やモバイル系へ行ってしまう。しかし、車のシステムにはさまざまな魅力があり、情報のプラットフォームとしても大きなビジネスチャンスがある。イメージだけで敬遠されるのはもったいない」というのが、現時点で青木氏が感じる課題だ。
青木氏が危機感を募らせる背景にあるのは、ソフトウェアの販売コストとして加算されるプラットフォーム企業への支払いだ。たとえば、Apple StoreでiOSアプリを販売する場合、開発者はプラットフォーム利用手数料として30%を支払う必要がある。経産省の試算によると、こうした費用は2023年現在、日本全体で5.5兆円にもなり、2030年には10兆円を超えるとされている。
「ひとたびプラットフォームを握られてしまえば、その仕組みのなかで戦わざるを得ない。こうした構図は『デジタル小作人』『ITの植民地』とやゆされるほどで、大きな損失だ」
加えて、青木氏はテスラ社の脅威も挙げる。EV車販売1位のテスラ社の時価総額は138兆円を超え、トヨタやフォルクスワーゲンなど主要自動車メーカーの合算より高額だ。テスラが得意とするソフトウェアでシェアが奪われてしまえば「車で外貨を稼ぐという基幹産業が立ち行かなくなる」と警鐘を鳴らす。
「次世代のプラットフォームになり得るクルマの領域は、ITやソフトウェア系の人たちにとってはチャンスだ。数々の困難はあれど、研究する楽しみも大きい」と青木氏は語る。そして、開発のスピードアップのカギとなるのがLLMというわけだ。