潜在顧客へのインタビューから見えた課題と解決策
こうして、ユーザーがテストツールを選択する際の理由や動機がだんだん浮かび上がってきた。しかし、すべての意見を鵜呑みにするわけにはいかない。そう考えた川口氏は、さらなるインタビューをもとにトリアージ(フォーカスすべき課題の決定)を進めることにした。
インタビューを効率的に進めるため、川口氏が作成したのはマインドマップとモックアップだ。このうちマインドマップでは、QAにまつわる課題を大きく5つに分けて構造化することで、川口氏らの業界理解度を示すだけでなく、具体的な困りごとを引き出すためのフックにもなった。
「マインドマップをもとに『QAの世界にはこのような課題があるようですね』と示すと、対象者は『その通りだ!』と同意し、それぞれが関心のあるトピックについて自然と語ってくれた。なおかつ、我々の課題意識も理解してもらいやすくなった」(川口氏)。
一方でモックアップは、「仮にある問題が発生した場合、このように解決したい」というストーリーを語るためのものだ。ただし、モックアップはあくまでも対象者に「刺さる」ポイントを調べるためのもので、それぞれの解決策は必ずしも実現可能でなくても良いことに注意が必要だ。
これら二つのアーティファクトを備えた川口氏が次なるインタビューの場として選んだのは、LinkedInだった。アメリカにおいては、プロフェッショナルの繋がりは全てLinkedIn上で行われるのが一般的だという。
LinkedInには、ターゲットを絞って個別にダイレクトメールを出せる機能がある。これを使って、プロダクトに対する意見を募ろうというわけだ。さらには、反応が良かった対象者から他の候補者を紹介してもらった。これにより、同じ組織内でも温度感の異なる候補者から話を聞くことができたといい、「課題に対する解像度がますます上がった」という。
ただ、こうしたやり方はともすれば“スパム的”であり、長期的に続けるのは厳しいという実感があった。そこで、健全な方法で多くのフィードバックを得るために川口氏が思いついたのがカンファレンスへの参加だった。
カンファレンスなら、他のスピーカーにアプローチしたり、その会場にいる人たちと話したりしてもまったく問題ない。なおかつカンファレンスの参加者は、何らかの「新しいもの」を探し求めていることが多く、「プロダクトの紹介をしても、前向きな反応をしてくれた」のだ。
川口氏はさまざまなカンファレンスに参加した当時を振り返り、その成果をこう評価する。「たとえばヨーロッパにある、テスト専門の小さなSIer企業で働く人たちの問題意識も聞けた。我々のサービスに対して意見を求めると、『いいね』という人もいれば、『いやその問題は古い』と言う人もいた。全部が全部面白い話になるとは限らなかったが、さまざまな意見を聞ける貴重な機会だった」。
なお、インタビューを行う上で川口氏が気を付けているのが、自らの理解を反芻することだという。一般にインタビューでは、対象者の発言を遮らないように、質問者は出来る限り口を挟まないのが原則だ。しかしこの姿勢が行きすぎると、対象者が「この人は自分の話を理解しているのか?」と不安になってしまう。
そこで川口氏は、インタビュー中にときどき「あなたは今、こういうことを言っているんですよね?」と尋ねてみるのだという。こうすることで対象者の不安を取り除けるだけでなく、間違いを都度訂正し、追加の情報すら引き出すことができる。
なおかつインタビューの終了後は、聞き取った内容をストーリーとして読み返せるように、記事形式でまとめることも重要だという。
「インタビュー中にメモを取る人は多いが、こうしたメモは大概乱雑で、数カ月後に見返しても内容がさっぱり分からないこともある。記事にまとめることで、対象者のトークを物語として残すことが大切だ」
このようなインタビューを通じて川口氏がやりたかったのは、ユーザーに「憑依する」ことだった。
「QAテストを行っている人たちになりきるというのは、それぞれのユーザーがどういう場面でどういう業務に携わり、何に困っているかを理解することだ。これができれば議論が具体化するだけでなく、意思決定をする際にも『それはだめだ』とユーザーを代弁できるようになる」
翻って、「あのユーザーはこう言っていたから」のような、表層的な理解に留まるようではインタビューの意味があまりないという。
「それはただの伝言ゲームであり、ユーザー理解とは言えない。作家はよく、創作にあたって『キャラクターが勝手に動き出す』などと言うが、そのくらいユーザーを理解し、キャラクターとして独り立ちさせられるようになることがインタビューの理想形だ」