「作って終わり」が招く行政ITへの不満を解決したい
GovTech東京は、東京都の外郭団体として2023年に設立された。2024年に井原氏が転職した時、従業員数は70名ほどだったが、2025年2月現在では170名を超え、来年には300名規模になる見通しだ。井原氏によれば、これほど急速な採用を行うのは、デジタル人材不足に対する、東京都の強い危機感が背景にあるという。行政に限らずどの業界でもデジタル人材獲得競争が激しさを増している中、東京都の外郭団体としてGovTech東京を新たに設立することで、給与制度・水準、勤務時間、複業など民間企業の基準で整備することができ、採用力を高め、柔軟な事業運営が可能になったというわけだ。
井原氏は、「多くの利用者が、行政のデジタルサービスは使いにくいと思っている」と問題提起する。行政のデジタル手続きについて、東京と海外都市を比較した2022年の調査では、デジタル手続きの利用率が、海外都市が44%に対し、東京は20%に留まることが明らかになった。さらに東京の利用者の中で、「満足している」と回答した割合は26%に過ぎない。

満足度が低い原因として、井原氏は「行政には継続的にサービスを育てるのが難しい背景がある」という問題を指摘する。行政は年度ごとに予算を組み議会での承認を得て、計画を実行していく。そのため、ソフトウェア開発も年度ごとに完結するプロジェクト型で進めることが多くなる。さらに公務員は2〜3年ごとに頻繁に異動するので、継続的に同じ業務に携わることが難しい。こうして行政側のタスクは、仕様書の作成と納品物の検収がメインとなり、要件定義や開発、運用については、外部の事業者に委託することが常態化してしまう。
外注の常態化による課題は、「作って終わり」だけではない。納品されたシステムを、他の組織や用途で再利用することが難しいのも大きな問題だと、井原氏は言う。事業者が権利を保持するコードやドキュメント、既存のパッケージ製品などは、納品物には含まれないので、それらを行政側で自由に使うことはできず、そのまま運用を委託し続けることになる。その結果、本来共通して使い回せるシステムを、都度作らねばならない。
システムに限らず、ドキュメントについても同様だ。例えば、どの地域であっても要求されるセキュリティ水準は同じであるべきところ、現在は東京都の62の区市町村それぞれが、独自にポリシーやガイドラインを策定しているのが実情だ。つまり、外注前提のIT調達が、時間とコストの非効率を引き起こす一因になっていると、井原氏は指摘する。

こうした行政ITの課題を解決するには、内製開発力を高めることが不可欠だと井原氏は強調する。GovTech東京であれば、行政特有の制約が少なくなり、自ら継続的に企画・開発・運用・改善を行うことができる。
「デジタルだからこそ、全国どこにいても同じ仕組みを使って、同じサービスを提供できるはずだ。GovTech東京が内製開発することで、東京都だけでなく、全国の自治体が低コストでデジタルサービスを提供できる環境を実現したい」(井原氏)
GovTech東京は「情報技術で行政の今を変える、首都から未来を変える」というビジョンを掲げている。つまりGovTech東京が目指しているのは、東京だけでなく、将来的には日本全国、ひいては世界の行政DXを加速させることなのだ。