理想的なインターフェースは人を理解することから始まる
スピーカーの石黒 浩氏はロボット学者で、現在も大阪大学教授(栄誉教授)から大阪・関西万博(EXPO2025)のテーマ事業プロデューサーまで、多彩な活動を精力的に続けている。2021年に創業したAVITA株式会社では、代表取締役社長CEOを務めて、アバターや生成AIを活用したビジネスを展開している。

「AVITAでは“アバターで人類を進化させる”という少し大袈裟なビジョンを掲げて、我々の社会のさまざまな問題を解決して新しい世界を作りたいと、そんな思いで活動しています」

石黒氏は、2000年ごろから完全自律型と遠隔操作型の2つのタイプのロボットを研究してきた。
ロボットと人の関わりには難しさがある。人間同士であれば、うまく話せたと感じることができるが、ロボットにそのような機能を持たせるにはどうすればいいか、その答えは簡単ではない。
「人と関わるロボットは人の印象評価によって測定することになります。いい印象を得るには、そのロボットの中に人が入って、アバターとなって人と関わって、良い関わり方を見つけていく必要がありました」
さらに、遠隔操作型ロボットの研究を進めることで、人との関わりのデータが蓄積されて、それにより自律型ロボットの開発も進んできたという。実用面でも、比較的単純な仕事は自律型ロボットに任せて、ホスピタリティが求められる難しい対応には遠隔操作型ロボットで対応するといった方法もある。
「人と関わる3DCGのエージェントやロボットの研究は、人間の理解に繋がります。だからこそ、理想的なインターフェースを作ろうとする際には、人間らしいものに近づいていくのは必然かと思います」

最近では、LLMや生成AIの登場で“人間らしさ”が大きく進化した。従来はルールベースで会話エンジンを作ってきたが、それが全て大規模言語モデルに置き換えられた。その上で、知能や身体性・意識を実装できないかというSFのような話を真剣に考えなければいけない時代になっている。
「大規模言語モデルを自分のロボットに使うとめちゃめちゃ便利です。私は今までに10冊以上の本を書いていて、メディアのインタビューにもたくさん応えてきました。それらを全部学習させた大規模言語モデルを作ると、どの質問にも全部自分の代わりに答えてくれるんです。うちの学生たちは、私よりもロボットの私の方が断然話しやすいと言っています」

将来、大学の授業もこのようになるだろうと石黒氏は説いた。論文や本を書いたら、それらをすべて大規模言語モデルに組み込んでおけば、学生はアンドロイドと対話する形で好きな時に授業を受けることができる。英語をはじめ、さまざまな言語で回答することも可能だ。
「直接は操作していないけれども、こういったアンドロイドも一種のアバターだと思います。なぜなら、私の意図通りに動くアバターロボットだからです。AIの力を使って自分の存在を増やして、いろんな場所で自分の仕事ができるというのが未来の働き方なのかなと思います」
アバター技術を社会実装しようとAVITAを起業
ここで石黒氏はアバターとは何かを改めて説明し、これまでの取り組みを紹介した。
「アバターの定義とは、操作する人の意図を汲み取って動く存在のことです。操作している人の声や動きをそのまま伝えるのもアバターですが、操作している人の意図通りに動いているように見えれば、それらも全部アバターです。操作している側からすれば、アバターは自分の分身・自分の身体のように感じることができる訳です」
石黒氏は、このようなアバターの研究開発を内閣府が進めるムーンショット型研究開発事業で進めている。このプロジェクトでは、2050年までに「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現すること」を目指して活動しているという。

「コロナ禍にリモートで働くことが当たり前になったことで、アバターの世界を作れる可能性が出てきました」
石黒氏らは、この3年半のコロナ禍において、さまざまな場所でアバターを活用し、実際の効果を実証してきた。
保育園では、かわいらしいロボットのアバターを置いておいて、高齢者に操作して喋ってもらった。コロナ禍で外部の人が一切訪問できない状況の中、アバターで高齢者と子供たちを繋ぐことができたという。スーパーマーケットでは、呼び込みがなくなったが、スーパーに詳しい主婦がアバターを介して、家からでも簡単に働ける仕組みを実現した。


大阪にある水族館と動物園が一緒になった小さなアミューズメントパークでは、たくさんのアバターを設置し、簡単な案内はAIが担当して、複雑な対応は飼育員が行う取り組みを行った。長崎県五島列島の西にある高島では、離島の医院にアバターを設置して長崎大学とつなぎ、必要に応じて専門医が支援する仕組みを構築した。


「こうしたアバター技術を社会実装しようと立ち上げたのがAVITAです。しかし、ロボットやハードウェアでマーケットを広げるのは非常に難しいので、まずはCGアバターでみんなが普通に働ける社会を作って、付加価値の高いところをロボットに置き換えていこうとしています」

AVITAで提供するビジネスでは、複数の領域でアバターを提供していくと石黒氏は語った。
「これからはアバターを活用して、日本が直面する人口減少などの問題を解決していくことが大事です。また、海外の人々が日本でアバターを使って働くことも必要になると考えています。アバターを通じて、さらに人間を進化できればと思っています。AVITAでは、技術人材を大募集しています。AIやロボット・CGキャラクターの技術で人間を進化させたいと思う方々に、AVITAに興味を持っていただければと思います」
AVITAが目指す理想的なアバター社会とは?
ここで、AVITAでCTOを務める三上崇志氏がセッションを引き継いだ。

「AVITAでは、アバターの活用に4つのマーケットを想定しています。例えば、ハンディキャップを持っている方や、いろいろな場所で働きたいといった需要に対してマーケットがあると思っていて、これらのニーズに対して現在2つのサービスでアプローチしています」


1つ目が、アバターを活用したリモート接客サービス「AVACOM(アバコム)」である。AIとリモートによる接客が可能で、設置したPCやWebサイトに対応している。AVACOMは、すでにいくつかの企業で導入事例がある。
例えば、淡路島のアバターコンシェルジュなどで使われている。また、AVACOM自体ではないが、AVITAのアバターが保険市場のアバター相談サービスに利用されている。どちらも、Webサイトから実際に利用できる。


ローソンでは、セルフレジの横にアバターが表示され、アバター店員として来店中のお客様をサポートしている。他には、アバタースナックという取り組みもある。


2つ目は、アバターとAIを使った研修支援サービス「アバトレ」である。アバターとAIを利用して営業研修や新人研修、接客のトレーニングができるサービスである。

「2つのサービスに共通するのは、対話データと対話技術です。AVITAでは、この対話データを中心にテクノロジーとデータと人を活かしてマルチプロダクト展開するコンパウンド戦略をとっています」

では、アバターによるサービスでは、対話はどのように組み立てられているのだろうか。
ひとつは、お客様とAIの対話である。例えば、セルフレジの操作をAIが対話的にサポートするといった具合だ。ただ、AIだけでは難しいケースも出てくる。その場合は、人間のスタッフがリモートで引き継ぐことになる。また、お客様と人間のスタッフの対話であってもAIがサポートする仕組みも開発しているという。
「このように人とAIの連携を強化していきたい」と三上氏は語った。そのために、AIと人がどのように連携するかを設計する専用のシナリオエディタも開発している。ある時はAIが対応する、ある時は人間が対応するといったシナリオを設定可能にして、お客様との接点はアバターを通じて行われるが、裏ではAIだったり、人間だったりとシームレスに切り替わっていくのだ。

「AVITAでは、労働の完全な自由化を目指し、いつでもどこでも働ける、より進んだカーボンニュートラルの世界を作りたいと考えています。そして、アバターで働く人々の新しいコミュニティを構築し新たな社会を作っていくことで、アバターで人類を進化させるというビジョンを持っています」
すでに、複数の企業でAVACOMとアバトレの導入が始まっている。ビジネスの拡大を目指して人材を募集しているそうだ。

「AVITAでは、プロダクトマネージャーやプロジェクトマネージャー、インフラやバックエンドエンジニア、あるいはAIエンジニアなどを広く募集しております」と力強く訴えてセッションを締めくくった。