【GIFTechとは】テクノロジーと「創る才能」が開花する実験場
「GIFTech」は、エンジニアの創造性を刺激し、モノ創りの喜びを再発見するためのプロジェクトだ。GIFTechが掲げるのは「社会課題解決のエンターテイメント化」。次世代型ハッカソンや新規事業開発プロジェクトを通じ、社内外のエンジニアやクリエイターと連携。社会課題解決のプロセスそのものを「共創のエンターテイメント」へと昇華させ、その過程で「ゼロから開発できるスキル」と「仲間と共創する能力」を習得することを目指している。
2025年春に開催されたハッカソンでは、広がり続ける「AI格差」という社会課題に焦点を当て 、「Humanity2.0へ続く架け橋 Humanity1.5」をテーマに設定 。プロのエンターテイナーと共に、多くの人がAIの価値に気づくきっかけとなるプロダクト開発に取り組り組んだ 。

GIFTech2025春の舞台は約1か月間(2025年3月15日〜)に渡って開催された。4組のプロのエンターテイナーがそれぞれ抱える創作上の課題に対し、開発エンジニア5名、UIデザイナー1名の計6名で構成された専属チームがAIを用いたソリューションを共創。最終日の4月27日には、開発したプロダクトを一般ユーザーが体験する発表会も行われた。
参加したのは、2024年のTHE W優勝コンビ「にぼしいわし」とユーモアのあるズレを探求するチーム、人気動画クリエイターと言語の壁を超えるアイデアを模索するチーム、そしてホラーのプロ「株式会社闇」と新たな恐怖体験を創り出すチームなど、個性豊かな4チームだ。その開発の様子はYouTubeでも公開されている。
本記事では、その中で見事優勝を果たした「マーダーミステリー創作」チームの軌跡に焦点を当てる。
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マーダーミステリーに話を戻すと、参加者が物語の登場人物となり、物語の中で起こった事件の犯人を探しながら、設定された秘密のミッションなどの達成を目指す体験型推理ゲームである。
マーダーミステリー創作チームに参加したエンジニアの1人、工藤氏は新卒でマーケティングリサーチの営業に1年間従事した後、Webエンジニアに転身。約2年間働き、上流から下流まで経験。独立し、フリーランスエンジニアとしてLLMの開発に従事。GIFTechへの参加をきっかけに、現在、起業準備中だ。
また、ひととり氏も同チームに参加したエンジニアの一人。ひととり氏は学生の頃から機械学習エンジニアとして働き、事業会社に入社後はフロントエンドだけではなく、バックエンドのスキルを身につけた。現在はプロダクトマネージャーを務めており、顧客の課題をヒアリングし、理想の状態を思い描き、Figmaで画面設計をして、実際にモノとして実現するところまで、プロダクト開発のすべて関わる仕事に従事しているという。
GIFTechのアイデアソンは2日間。その中でMVPを定めていかねばならない。工藤氏、ひととり氏たちエンジニアが決めたかったのは、生成AIをどこで使うのか。またどこに課題があるのか。これらをエンターテイナーである「これからミステリー」の飯田氏、かるら氏にヒアリング。殺人事件となる舞台設定やキャラクター、証拠品などの創作するところ、さらに犯行トリック、舞台設定、証拠品、キャラクター、ストーリーという5つの要素の整合性をチェックするところにも、AIの力を借りたいという要望があることが分かった。
まとまらないプロダクトの方向性、設計“前”の課題を解決するには

メンバー内でディスカッションを重ねたが、1日目は方向性が定まらなかったという。ここで活きたのが、GIFTechが参加者に求める「『なぜ作るのか』を考える作り手」としての姿勢だった。単なる実装者で終わるな──その思想が、チームを思わぬ行動へと突き動かす。この状況を打破するために、工藤氏、ひととり氏たちが行ったのが、マーダーミステリーをプレイすることだった。
というのも、チームのメンバーの中でマーダーミステリーをプレイした人は、デザイナーただ1人で、エンジニアは誰一人プレイしたことがなかったからだ。「なんとなく人が集まってプレイする、人狼ゲームみたいなものかなという認識だった」とひととり氏。また工藤氏も「分かったのは、型のようなものがあるんだろうなということぐらい」と続ける。
実際プレイしてみるとマーダーミステリーならではの魅力がわかった。さらに「こんな面白い作品を作る人たちは何を考えているのだろうと、クリエイターの立場に立って物事を考えることができるようになったことが大きかったですね」とひととり氏は振り返る。また工藤氏も実際にプレイしたことで、「これから作ろうとしているものと最終成果物との乖離を防げたと思う」と言い切る。

それだけではない。マーダーミステリーをプレイしたことは、チームビルディングにも好影響を与えたという。メンバーのことを知るために、工藤氏が提案したのが、スキルの棚卸をして紹介すること。「自分ができることや趣味を紹介するなど、自己開示する機会を設けました」(ひととり氏)
自己開示とひととり氏が言うように、どこに住んでいるのかなど、エンジニアリングに関係の無いところまで最初に話したという。さらにメンバー内での認識合わせや共通言語もプレイしたことでできたという。
2日目からはマーダーミステリーが製品として販売されるまでの流れの中で、面倒な作業が起こる場面を洗い出し、質問リストを作成、「どの課題を生成AIで解決するか、飯田氏、かるら氏と合意形成を行っていった」(ひととり氏)
当初は矛盾を検知する仕組みにフォーカスして開発しようとしていたのだが、実際プレイしたことで、ハンドアウト(各プレイヤーが演じるキャラクターがどんな人物で、どんな行動を取ったのかなどの情報が書かれた資料)の作成が面倒だということにも気づいたという。「設計の前段階で、クライアントの新たな課題を掘り出すことができ、ハンドアウトの生成という新たな課題を解決するものもつくろうと。それ以降は、メンバーの共通認識がずれることなく開発を進めることができました」(工藤氏)
マーダーミステリーの設定の矛盾を見つけ出す作業と、ハンドアウト作成の部分をAIに代替してもらうという方向性が定まった。ペーパープロトタイピングを作成し、飯田氏、かるら氏に提示し、了承を得たという。
文章にすると簡単に見えるが、実際には暗黙知を埋めるための膨大なコミュニケーションと、それを整理する時間が必要だった。動画でもそのリアルなやり取りの一部が映っている。
LLMが開発を誤らせることも。軌道修正に必要なのは?
開発フェーズではアイデアソンで得たコンセプトを基に、プロダクトの開発、プロトタイプの作成を行う。
まず最初に検討したのはAnthropic社が開発した「Claude 3.5 Haiku」。知能は多少劣るものの、処理速度に目を付けた。しかし、「構造化されたデータで出力してほしいのに、はき違えてエラーを出したり、長文生成の質に問題があった」と工藤氏。具体的にはJSON形式での出力を指示しても出力されなかったり、生成された文章に一貫性がなかったりしたという。また整合性のチェックにおいても、犯人役の人が19時には楽しくパーティーに参加していたのに、19時半にいきなり死体の片付けをしているといった不自然な設定も、Haikuでは見抜くことができなかった。
「これだと自分のやりたいことが達成できないことがわかった」(ひととり氏)
そこで「Claude 3.5 Sonnet(以下、Sonnet)」を採用。開発に入ってからは、方向性が大きく変わるようなことはなく比較的スムーズに進んでいったという。だが、小さなズレはいくつかあった。そのうちの一つが、矛盾検知をする機能を開発する中での出来事。「LLMと話しているうちに、場所をもっと精緻に計るべきだと考えるようになり、地図を表示させる機能もないのにマーダーミステリーの地図を作ってしまったのです」(工藤氏)
生成AIを活用したからこそ、起こった事象だったと工藤氏は振り返る。設計書に書かれていないことを勝手に膨らませてしまったのだ。「以降の生成AIを使った開発では、設計書のコンテキストを細分化して、確認するというアプローチを取りました」(工藤氏)
プルリクエストを出された側のひととり氏は、「確かに期待されたものとは違うものが出てきたのでとまどいました。提案は尊重したいので、求めているモノはこれではないことをいかに柔らかく伝えるか頭を悩ませました」と語る。
このことにより、「生成AIを活用する開発現場では、これまでよりもさらに、ソフトスキルの重要度は上がると思う」という言葉の裏付けと言えるのではないか。ソフトスキルはチームの関係性をつくる上においても、非常に重要になる。心理的安全性の担保につながるからだ。実際に、開発フェーズではチームの連係ミスによるトラブルもあったものの、なんとか立て直して完成までこぎつけていることが動画からも分かる。
食事・入浴・休息、少しの時間でソフトスキルを伸ばすヒント
ではどうやって工藤氏、ひととり氏はソフトスキルを磨いてきたのか。工藤氏、ひととり氏共に、上流から下流まで開発の一連の工程を経験したことも一つ。だがそれだけではない。ひととり氏は「特にソフトスキルを伸ばそうと意識したことはない」と前置きしつつも、家に戻ってご飯を食べた後や入浴時など、のんびりとくつろいでいるときにふと、「あの聞き方は良かった/良くなかった」と、よく振り返ることがあるという。「そう思ったことを自分の中で抽象化して、良かったことは他のシチュエーションでも使えるようにし、良くなかったことはそういった言い方をしないように気をつけるようにしている」と話す。

一方の工藤氏は、「エンジニアの場合、同じ業種の人と付き合いがちなので、まったく異なる業種や職種の人と関わるのが大事かなと思い、昔から意識して実践してきました」と話すと、ひととり氏も「普段、関わりの無い人たちと話をするときは、一般的なものごとに例えて話すことで相手の理解を得るみたいなことをやっていますね」と相づちをうつ。
たった1カ月間だけど熱い。スキルアップの機会になるGIFTech
実用フェーズでは、最終日に行われる演芸会に向けて、プロダクトの完成度を高めていく。その際に肝となったのが、「一度に全部を作らせるのではなく、人間に判断させるところを挟む仕組みにしたこと」と工藤氏は話す。都度、人が判断して良ければ先に進むという仕様にしたのだ。
これはまさに、GIFTechで強調されている「AIがクリエイティブを創るのではなく、人間のアイデアを加速させる手助けをする。最終的に"創る"のは人間である」という考え方を体現するものだ。
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- AIにネタ作らせたら…人間の仕事は終わり?いや、"共感の設計図"は人が描く!エンジニアたちの革新的アプローチ(お笑い芸人/ホラーコンテンツ篇)
ひととり氏も「一気にAIに仕事をやらせようとすると、期待したモノは出てこない。ステップバイステップで生成することで、質の高いストーリーができるようになりました」と話す。
GIFTechはたった1カ月。だがその時間は「非常にアツかった」とひととり氏は次のように感想を続ける。「普段の仕事もそうですが、自分たちで答えのないものの答えを探し、それを相手にぶつけるためにモノをつくる。最終日には、私たちの答えはこれだというものを4チームが出し、戦う。本当に熱い日々でした」(ひととり氏)
しかも最終的にはクライアントに実際使ってもらい、感想も聞ける。工藤氏、ひととり氏たちがつくったプロダクトは、かるら氏から「完璧じゃないですか」と、絶賛の言葉がかけられた。かるら氏自身、生成AIの使い手であり、自身も活用を試していた。温厚なかるら氏がテンション高く喜んでいる姿を見て、工藤氏、ひととり氏は「本当に嬉しかった」と話す。
作っていく仮定ではいろいろあったというが、メンバー内の雰囲気は非常に良かったという。「物腰の柔らかな人ばかりで、こうしたいという思いをちゃんと汲み取って、受け入れてくれるんです。例えば、コードを書いてプルリクを出したら、『実装、ありがとうございます』って返してくれる。メンバーにも恵まれましたね」(ひととり氏)
「ハッカソンに参加するのは初めてでしたが、即席のチームでプロダクトをつくって評価されるというプロセスがすごく楽しかったです」(工藤氏)
さらに工藤氏は参加して良かった点についても上げてくれた。その一つが、優秀なエンジニアと関わることができたこと。技術力の高さだけではない。起業していたり、サービスを立ち上げたりしているメンバーがいたからだ。「自分が受託した案件を任せたり。中には一緒に仕事を始める人も出てきていると聞いています」(工藤氏)
エンジニアとしてキャリアを積んでいく上で、非常によいモチベーションを得られたという両者。彼らのように、スキルアップに悩みを感じているのなら、ぜひGIFTechの門を叩いてみてはどうだろうか。
ハッカソンの枠を超え、「新規事業創出」へ!
そして今、GIFTechはその挑戦の舞台を単なるハッカソンから「新規事業創出」へと拡大している。例えば現在進行中の「伝統工芸 × AI」プロジェクトでは、職人と共に創り上げたプロダクトを実際にクラウドファンディングで販売し、事業化までを目指している。
業務では決して得られない、プロダクトを「創り」「売る」という経験。GIFTechでは、今後も継続的にハッカソンや新規事業開発プロジェクトの挑戦者を募集していくという。最新情報は公式Xで発信されるため、興味がある方はぜひフォローして、次のチャンスを掴んでほしい。