AI時代のエンジニアに求められる2つのスキル
ばんくし氏はまず前提として、エムスリーのエンジニア文化を紹介した。
同社は、グローバルで医師の5割以上、日本国内では9割以上の医師が会員となっている医療情報プラットフォームを運営する。時価総額1兆円を超える規模でありながら、エンジニアは約100名という少数精鋭の組織だ。

同社のエンジニア文化の特徴は、技術選定の自由度がかなり高いことだ。その理由は、同社はエンジニア自身による意思決定を重視しているからだと、ばんくし氏は言う。自由度が高いことは失敗も含めて成長の機会にもなり、またチームの状況やビジネスの方向性も視野に入れた、技術選定の幅広い視野を養うことにもつながる。
また同社の事業は、医師向けからToC向けサービスまで多岐にわたり、40以上あるプロダクトを抱えている。事業ドメインによって最適な技術は異なるため、プロダクトごとにそれぞれ最適なインフラ、言語、フレームワークを選択している。
これはAIについても同様だ。あるチームはClaude CodeやClineなどを主に使い、スマホアプリの開発チームはJetBrains AIのようなIDE付属ツールを使うことを好む。バックエンドのLLMも、クラウド上のモデルを使うこともあれば、医療データのようにクラウドサービスに載せられないものを扱う場合はローカルLLMをホスティングするなど、柔軟な選択を行っているという。

続いて開発にAIを取り入れることで、エンジニアに求められるスキルにどのような変化が生じたのかと、高柴氏は問いかけた。ばんくし氏によれば、コンピュータサイエンス、設計・コーディング力、自動化といった従来の基礎スキルは、引き続きエンジニアにとって重要だという。これらの基礎スキルが充実している前提で、エンジニアはAIによる開発を学ぶ必要がある。つまり、AIスキルが加わったことで、エンジニアが学ぶべきことはさらに増えるというのだ。
具体的に学ぶ必要があるAIスキルとして、ばんくし氏は次の2点を挙げた。まず「AIの空気を掴む」ことだ。これはAIが読みやすいコードやAIが把握しやすい設計を理解することを意味する。さらに、人間はすでにボトルネックになっているという認識のもと、AIから大量に出力される成果物の品質を判断し、適切に活用する能力が求められるという。また人間にもAIにも分かりやすいドキュメントを残すコンテキストエンジニアリングも重要になる。
これらのAIネイティブ開発の前提となるスキルに加え、もう一つ重要なことは、「速度への対応力」だ。AIによって開発スタイルは大きく変わり、AIネイティブなプログラミング言語やOSが登場する未来も予測される。古い技術がAIによって瞬時に書き換えられていく過激な変化の時代では、常に新しい技術や手法にキャッチアップし続ける能力が、これまで以上に重要になると、ばんくし氏は言う。
「過去の技術的負債を捨てながら、常に前進し続けるマインドセットも重要になりそうですね」(高柴氏)
「しんどいと思いますけどね。私自身はVPoEとして、変化が加速する中でもエンジニア組織が開発しやすい環境作りに取り組んでいます」(ばんくし氏)