Adobe Creative Cloudが変えたもの
Adobe Creative Cloud(以下、Creative Cloud)は、昨年2012年の4月末にサービスが開始された、アドビのクリエイターやWeb技術者を主ターゲットとするクラウドサービスだ。端的に言ってしまえば、一年契約の場合、月額5千円払えば、アドビの主要なツールがすべて利用できるという期間契約型の製品ということになる。Creative Cloudの発表以降は、パッケージを購入すべきか、サブスクリプションに申し込むか、どっちがお得か悩んだ人も多いはずだ。
実際、Creative Cloudが発表された頃に、購入時の選択肢が増えたという以上の期待を抱いていた人はそう多くはなかったことと思う。しかし、本当の変化は、裏側で静かに深く進行していたのだ。そして、その端的な証が、最新のEdgeファミリーとして、新しく発表されたAdobe Edge Reflowプレビュー版に見て取れる。では、Creative Cloudが可能にした根本的な変化とは何だろうか。
(Edge Animate/Edge Reflow/Edge Code/Edge Inspect
/Edge Web Fonts/Typekit/PhonGap Build)

Creative Cloud内のプレビュー版、外のベータ版
従来、アドビのプレビュー版(ベータ版)といえば、バグ取りのためのテスター募集が主な目的での公開だった。そのため当然のように利用への品質保証はなく、「通常業務で使用するPC等にはインストールしないこと」という注意書き付きで、Adobe Labsという隔離サイトに公開されるのがお決まりだった(注:今でも一部の製品のベータ版は、Adobe Labsに公開されている)。
ところが、Edge Reflowプレビュー版は、Creative Cloudサイト内のアプリ一覧ページにアドビ主力製品と同じように並んでいる。そう、同じプレビュー版でも、こちらは多くの人にダウンロードされ業務環境で利用されるべく公開されているのだ。そのため品質も製品版に近いものとなっている。
プレビュー版が実際にユーザの手元に届けば、生の声を聞くことができる。開発チーム曰く「ユーザがどんな期待を持って使おうとしたか、どんな機能が必要だったのかを確かめてから、次に実装する機能を決定する。短期間にこれを繰り返すことで徐々にでもリアルなニーズに近づける。だからあえて機能の不完全なバージョン(プレビュー版)の公開を繰り返す」という訳だ。これは、サーバ上のファイルを置き換えるだけで、次々と新しいバージョンを公開できるCreative Cloudがあるからこそ可能になった。
アドビは、現場の一般ユーザを巻き込んだアジャイル開発を本気で実現しようとしている。従来の、せいぜい年に一度のお仕着せの(失礼)新機能追加によるバージョンアップからの姿勢変化は明らかだろう。
Edgeファミリーの製品は、どれも単機能で、その代わりに場面に応じたさまざまな用途に当てはめやすい。Edgeとハサミは使いようということで、開発チームがまったく想定していなかった使い方をするユーザも少なくないそうだ。そして、それがまた次に新しく作るツールのアイデアのネタになっているという。こんな話にもCreative Cloudがツールを作る側と使う側の距離を近づけているのが伺える。アドビ製品における、「ツールの提供者の考え方にユーザがあわせる」から「ユーザの考え方にツールの仕様をあわせる」という主役交代は、今後着実に進むと期待したい。プレビュー版ばかり増えてしまったりすると、それはそれで問題だけれど。

既存のCS製品にも新機能が次々登場
Edge Reflowを始め、Edgeファミリーは「小さな仕事をきちんとこなす」という種類のツールだ。それに比べて、従来のCS製品は「多機能でより広範に使える汎用的なツール」と言えるだろう。例えば、Dreamweaverさえ使えこなせれば、Webサイト構築の最初から最後まで一通りできる開発者になれる。
このような大型の製品には、「どんな案件にも使えるんだろう?」程度の期待はごく当たり前についてまわるし、最新技術への対応は半ば義務付けられている。ということで、アップデートが価値を生むならCreative Cloudとの相性は良さそうだ。
実際にCS製品の更新状況を見てみると、PhotoshopにCSS書き出しの機能が追加されたり、DreamweaverのHTML5フォーム対応や可変グリッドの機能が拡張されたりと、Creative Cloud限定のバージョンアップがすでに数回行われている(Creative Cloud公開からまだ9ヶ月あまりなのは前述のとおり)。
追加された新機能は、最新のブラウザやスマホ・タブレットなどに対応する際に必要とされる機能が多い。今時のWeb系の技術に関わっている者なら、新しい技術が要求される案件に関わる可能性は少なくないだろうけれど、そんなとき、Creative Cloudに登録しているユーザだけが受けられる恩恵が増えているのだ。
これは、昔ながらのパッケージを購入している人には、ちょっと不公平に感じられる点かもしれない。だが、ソフトウェアベンダーにとって(そしておそらくすべての売り手にとって)、物流は一方で必要な物でありながら、金額面からも工数面からもコストとなる。店頭に並べるためにいったん流通させた製品をバージョンアップしようと思ったら、いったん全部回収するにせよ、無償アップグレード期間を設定して別途配布するにせよ、アップデートの際には費用も工数もかかる。それを「頻繁」に繰り返すために開発費が削られたりするのなら、それは本末転倒というものだ。
だとすると、Creative Cloud限定の更新は今後も継続されるだろうし、更新による付加価値が生まれる限り、アドビの製品戦略はCreative Cloudへの依存度を高めていくだろう。そして、それは新機能を指向するユーザには、むしろ望ましい方向ではないかと思う。

Creative Cloudを選ぶということ
さて、そもそもの話は、パッケージ買いとサブスクリプションのどちらがお得かという話だった。結論としては、ソフトウェアの進歩を信じられるか次第だと思っている。
今だとHTML5という技術が高い関心を集めていて、考えてみれば別にHTML5のない時代だって特に大きな不便があった訳ではないような気もするし、でもそれはまだHTML5の可能性を全部見ていないだけなのかもしれない。とりたててHTML5を奉る理由があるかというとはなはだ怪しい気もしているが、結局は、今ココに留まるか、この先を開く力に加わるかという問いに戻ってくる。
もし、新しい物を作る側に関与したいと感じるなら、アドビ渾身のCreative Cloudを躊躇なく選択しよう。信じて使う人が増えることで、Creative Cloudはさらに進化する。共に次の一歩を考える良き道具の一つとして長い付き合いが期待できる。
もちろんお金は大事なのでオススメを書いておくと、「とりあえずツールを評価したい」「プロジェクト期間中だけ一時的に使用したい」「WindowsとMacの両方の環境で使いたい」「2年以内にバージョンアップする可能性が高い」という人には特にCreative Cloudをお勧めする。データの共有や電子出版などの各種サービスも付随して利用することができる。