価値を生み出し続けるエンジニアに必要な3要素とは
多様な商品、技術に対応しなければならない状況で、エンジニアにはどのようなスキルが求められるのか。三木氏は「非常にシンプルに結晶化していくと、何を作るかを決める価値創造力、課題に対して最適な技術を選んで実現できる技術力、そのベースにあるプロとしての姿勢の3点がある」と語る。
個々の開発メンバーには、それぞれ得意分野がある。三木氏は「メンバーごとに強みがバラバラでいい。その両立や議論から素晴らしい商品が生まれる」と語る。だから開発組織として、「何を作るか」という価値創造の部分と、「どう作るか」という技術の部分をあえて分業していないのだそうだ。「良い意味でカオス状態にして、良い商品を作る。それが当社のこだわりになっている」(三木氏)。
ここで三木氏は、開発商品の実例を紹介した。まず病院向けの日本語入力システム「ATOK Medical」だ。現在、電子カルテシステムの導入が進んでいるが、カルテの入力を正確かつ速くしたいというニーズに応えた商品だ。一般用語と医療用語が入っており、使えば使うほど利用傾向を学習していき、ユーザーの手になじむ。すでに5000施設以上の導入実績があり、新規導入時のシェアは約8割となっている。
医師からは明確な機能要望がないなか、商品機能強化のヒントをつかむために商品開発者がある大病院に1日貼り付いて行動観察したことがあった。そこで分かったのは、医師は非常に忙しいこと。診察室や医局、病棟などを回り、それぞれの場所で電子カルテシステムにログインし、入力していた。そこで気づいたのは、端末ごとに学習単語や設定がバラバラだということだった。
そこから着想を得て提供したのが、個人の学習単語や設定を他の端末でも同期できる「プロファイルローミング」という仕組みだ。大好評で、現在では当たり前の必須機能になっている。「価値と技術を一緒に考えて出てきた提案の好例」と三木氏は言う。
2つ目の事例はBIツールの「Actionista!」。誰でも簡単に集計・分析・レポーティングができるツールで、対象は販売傾向や原価、在庫など様々な分野に使える。
ただ、機能をよく見ていくなかで、締め日の変更などをする際、複雑で面倒な操作が必要なケースがあった。その事実に気づいた開発担当者は、複雑な日付を簡単に扱え、時系列処理を高速処理できる「オリジナルOLAP+インメモリ列指向SQLエンジン」を開発し、搭載した。その結果、たとえば1億件レコードからの集計処理に50.8秒かかっていたのが、421ミリ秒で可能になった。
続く事例は「スマイルゼミ」である。これまでの事例は既存商品の機能強化がテーマだが、こちらはゼロからの開発したエピソードになる。スマイルゼミはタブレット端末を利用した通信教育のサービスで、アイデアから議論し始めた2011年当時、この種の商品はまだ世の中になかった。同社では、学校向けに1999年より「ジャストスマイル」というパソコンソフトを提供していたが、あるATOK辞書メンバーの主婦が「うちの息子は勉強しない。学校用があるのなら、何か家庭用のソフトができるのでは」と発案した。それがきっかけとなり、タブレットを対象としたサービス開発の議論がゼロから始まった。
まず、購入決定権のある親に対し、どういうメリットを伝えたら購買につながるかについて検討するため、親が本質的に困っていて、かつジャストシステムが解決できそうなことを考えた。「小学生の子を持つ家庭」での困りごとは「家庭学習が続かない」ことだ。そこで「勉強して親に報告したら、タブレット上のアプリで遊べる」という“継続する仕組み”を開発した。一方「定期テストで点数を上げたい」中学生に対しては、クラウド上に蓄積した学習履歴のデータを分析して単元ごとに得意・苦手を判定し、一人ひとりの進捗や学力に応じた“自分専用の対策問題”をオーダーメード配信する。
新しい企画テーマで、本質的な困りごとに対して、価値と実現性の両面から具体化することができた。「当事者意識を持って、自ら価値と技術をつなぐ提案をしていく。顧客価値の高い商品開発を効率よく実現した事例だ」を三木氏は説明する。
本セッション最後として、商品開発の際に価値を生み出すため、共通の仕組みをどう作るのか、またどのような人材育成方針で臨むのか、という点について語られた。
仕組みの一つ目は「訴求ファースト」だ。ジャストシステムがこだわり、今後も取り組み続けようとしているものとして「提案型自社商品開発」が挙げられる。いくら考えて作り、良いものと思って出しても、残念ながら百発百中ヒットするとは言えない。まず購入決定権のある人に「使ってみたい、買ってみたい」と思ってもらえるかが重要だ。
だから「提供価値が伝わるか、すなわち訴求が響くか」をテーマに、作り始める前にチラシ、Webページ、キービジュアルなどを描いて徹底的に議論している。ここがしっかり決まれば、提供価値の核心に絞って開発できるからだ。
仕組みの二つ目は「TechCABINET(技術内閣)」と呼ばれる技術者の組織である。現在のジャストシステムのように多様化したビジネスを展開すると、技術者もバラバラになり、いわゆる縦割りの組織になってしまう恐れがある。その弊害を除き、多様な技術に対応する仕組みとして考えられた。
横串で、技術分野ごとに大臣を設置し、官房長官と共に課題抽出と解決に取り組んでいる。共通技術課題は、閣議で進めるというものだ。各大臣は、商品軸ではなく技術軸で課題を抽出し推進する。その他にも社内の情報共有、ガイドライン化を行う。社外の情報収集、技術トレンドの把握、サーベイ、技術力向上のためのトレーニングメニュー作成、社内勉強会、ワークショップなどを行っている。
また、社外に向けても「JustTechTalk」という勉強会を定期的に開催しており、過去には「ATOK for iOSの苦労話」「形態素解析」「UXデザイナーとエンジニアのタッグ開発」といったテーマで発表を行った。
同社の人材育成方針についても述べられた。学ぶこと自体が目的である学校とは異なり、会社における学習は、お金をもらいながら、成果を出すための手段として学習している。三木氏は「スポーツや習い事に例えると、練習試合を数多くやるだけでは強くなれない」としながら、試合に勝つための要素スキルを抽出し、徹底反復するなど良質なトレーニングによって鍛えるというのが基本方針である、という。
最後に三木氏は「現在のジャストシステムのような、多角的なポートフォリオ経営をしているところはなかなかないと思う。確かに大変で、いわばマルチベンチャー状態だ。変化に強い開発力があれば、時代や環境が変わってもやっていける。当社の開発組織自体が強みになるような会社にしていきたい」と語り、セッションを終えた。
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