「自分たちの直面する課題を解決できるコミュニティ」がテーマ
善積氏はまず、企業がコミュニティを設ける目的には、「採用」と「成長」の2つがあるが、今回のYahoo! JAPANの取り組みは後者、すなわちコミュニティ活動を通じて、社員や組織を成長させる点に目的が置かれたと明かす。
その背景となったのは、激しく変化するマーケットと技術トレンドの将来に備え、柔軟に対応できる人材と組織作りを進めようとの考えだ。善積氏が入社した2008年当時、Yahoo! JAPANの主なサービス領域はPCと携帯電話の2つのみで、Webエンジニアがどちらの領域も担当していたという。だが約10年後の現在は、PC、iOS、Android、そしてスマホWebの4分野があり、それぞれ担当のエンジニアが手がけている。
「アプリ自体の高機能化やコンテンツのリッチ化で、開発は複雑化する一方。その結果、会社も各領域についてバーティカル(垂直)に強いエンジニアの育成を重視するようになっていました」
あと数年たって、さらに新しい領域が登場すれば、より新しいスキルやサービスの企画力が問われてくるのは予想に難くない。「サービス領域の多様化と、その一方で市場の成熟化が進む中で、競争力を落とすわけにはいかない。もうこれまでのバーティカルに強いエンジニア育成では、時代に追いつけなくなるのではないかといった危機感があった」と善積氏は語る。そこでYahoo! JAPANでは早くから、社外コミュニティへの参加を支援してきた。外部との交流を通じて新しい知識やノウハウを身につけさせようとの狙いだった。だが実際に支援を進めていくうち、新たな課題も出てきた。
「たしかに新しい知識は得られますが、それが自分たちの業務課題を解決できるとは限りません。またイベントなどでは、どうしても人気のあるプログラムに興味が向きますが、そのテーマが課題に合っていなければ、会社への還元は期待できないでしょう」
他にも、コミュニティに参加した人とそうでない人の間にギャップが生じ、双方の関係がうまくいかなくなるなど、かえって業務にマイナスのケースもあった。またコミュニティ自体も個々の領域やテーマに限定されているため、領域横断的なスキルの獲得という点では問題が残った。
そんな状況が続く中では、数年後も価値あるプロダクトを自社のビジネスに提供していけるのか、懸念が生まれる。そこで善積氏は、会社主導のコミュニティのあり方を、“自社業務への還元”という視点から再検討し、「課題を解決することを目的にしたコミュニティを、会社としてバックアップする」という新たな基本方針を打ち出したそうだ。
結果、以下のような課題の解決が、コミュニティを通じて取り組まれるようになった。
- 事業の変化についていけるアプリ設計:ビジネスへの貢献という視点でアプリを開発するには、どうすればよいか。
- デザインとKPIの両立:そもそもデザイナーとKPIは、どのように向き合っていくのがよいのか。
- 多様な出面に対応できるAPI設計:サービスが多様化していく中で、サーバーサイドとしては、どのように対応していくべきか。
このような課題というのは、おそらく他の会社も同様に抱えているはずだ。そうした人々を探し出して協力し合うことで、オープンに課題解決に取り組むことも決めた。
横の連携をつなぐ取り組みから、新たな理解や成果が生まれている
「会社がバックアップするコミュニティ」を、自分たちの課題解決の場として定着させるために、Yahoo! JAPANではどのような働きかけを行ったのだろうか。善積氏は「勉強する」という意識づけでは、かえって社員にプレッシャーになってしまうと考えた。そこで、「勉強が目的ではなく、あくまで自分たちの課題を解決することを意識してほしい」ことを、社員はもちろん、社外からの参加者も含めた全員に繰り返し伝えたそうだ。
「自分の抱えている問題や悩みのヒントが見つかるかもしれないと思えば、今までは参加したことがなくても、『それなら出てみようか』という気持ちになる。こうした課題を持った人々がコミュニティに参加し、そこで得た成果は持ち帰って事業に活かしやすいはず。そして事業に活かせると、また参加したくなる。こういったサイクルをいかに回せるかが重要です」
この仕組みがうまく定着すれば、以下のメリットが生まれる。
- モチベーションを醸成しやすい
- 持ち帰って事業に生かしやすい
- 組織の壁を取り払うことができる
領域=組織の壁を取り払えば、組織横断的なつながりが実現できると善積氏は考えている。例えば、エンジニアとデザイナーの関係のあり方や、デザイナーが感じる「ビジネスとどう付き合ったらよいのか」といった課題は、個々のクローズドな組織の中ではなかなか解決しにくい。
「そこで、それをあえて横につなげるための支援が必要です。異なるスキルや経験を持つ人が横同士で連携できれば、今まで自分の組織の中だけでは解決できなかった課題に、有効なアドバイスが得られるかもしれない。これは過去の、単に『外へ勉強しに行きなさい』では実現できなかった新たな可能性です」
ではそのために、バーティカルな領域を横につなぐ取り組みはどのようにするのか。Yahoo! JAPAN社内では、現在iOS、Android、デザイン、グロースハックの4領域を連携させて、課題を共有するコミュニティを運営している。このために、連携をフォローするための専門組織を社内に設けたという。また、外部でiOSのイベントを開催する際に、Androidやデザインの担当者も運営を手伝うといった体験を通じて、エンジニアやデザイナーの相互理解が進むといった成果が上がっている。
善積氏が、今回のコミュニティを定着させる上で決めたスローガンの1つが、「とにかくオープンにすること」。一般に勉強会などは会議室で行われることが多く、今まで参加したことのない人や外部の人間は、それだけで腰が引けてしまう。そこで善積氏は、カフェや食堂のようなオープンスペースをあえて選ぶように努めた。
「デザインの勉強会をオープンスペースで催した時には、たまたま通りかかった購買担当の人が発表を目にして、『デザインの人にはこういうものが必要なのか』と気づいてくれたこともありました。デザインツールの購入申請書を書いて上げるだけでは伝わらないことが、デザイナーの集まりを目の当たりにしたことで、他部門の人にリアルに伝わったのです」
この他にも、少人数のチームが挙げた成果を、大規模なチームがコミュニティ経由で導入するといった効果も出ていると善積氏は語る。
「できるだけオープンにやって、その結果ちょっとでもうまくいったらとにかく拡散して、やる意義があることを、1つの領域だけでなくコミュニティ全体にアナウンスする。『みんなで一緒にやってよかった』と思ってもらえるかどうかが、定着のカギです」
最後に善積氏は、会社がコミュニティを形成し支援するにあたっては、課題をベースに考えることによってエンジニアやデザイナーが大きく成長できること、そして、そこから得たものが最終的に会社の事業の成果につながることを改めて主張する。
「そして、その取り組みを横につなげていくことで、将来、新しいビジネスや技術領域が出てきた時にも、従来のバーティカルのエンジニアではできなかった新しい価値をもたらすプロダクトを提供していけると考えています」
今自分たちが抱える課題は自社だけのものでなく、おそらく多くの会社に共通するものだとYahoo! JAPANでは考えている。そうした課題をコミュニティという場でオープンに話し合い新たな解決策を探ることで、日本の技術者による新たなサービス創造につなげていきたいと善積氏は語り、セッションを締めくくった。
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