「IBM Q」で描く量子コンピューターの未来
IBMは、さまざまな量子コンピューターの研究開発に早期より着手し、中でも超伝導量子ビットを使った万能量子コンピューターの開発に注力している。しかし課題も多いという。
例えば超伝導量子ビットは、励起状態や重ね合わせの状態を、マイクロ秒の単位で2桁程度の時間しか保つことができず、その時間内に実行したい計算を終わらせなければならないといった制約がある。ゲートによる量子ビットの状態の操作は、いつも正しく行われるわけではなく、一定の確率で失敗してしまう。結果を読み出す際も間違える可能性がある。こうした理由から、現状の量子コンピュータは、近似的でスモールスケールなものだ。「現在のスパコンではできない計算ができる、というわけではまったくない」と小野寺氏は明かす。
いずれは、数百万や数億量子ビットでエラー耐性のあるラージスケールの量子コンピューターが開発される。そんな期待はあるものの、実現するのはまだ数十年先と小野寺氏は展望を示す。
ただし、近似ではあるがミディアムスケールの量子コンピューターであれば、数年後に登場する可能性はある。現時点のスパコンにはできないことができ、しかも機械学習や量子化学、最適化といった領域に役立つアプリケーションも開発される可能性も低くはない。予測段階ではあるが、期待を込めて多くの企業が投資をしているという。
そうした流れで登場したのが、汎用近似量子コンピューティング統合システム「IBM Q System One」(以下、IBM Q)だ。IBM Qは、超伝導回路の量子ビットを採用しているので、絶対温度0度近くに冷却した、雑音のない世界で動作させることが必須だ。そのため、IBM Qには希釈冷凍機が取り付けられている。講演では、量子プログラムからマイクロ波でエレクトロニクスを制御しつつ、希釈冷凍機にマイクロ波を送り込んで量子状態を操作、結果を読み取るまでの流れをアニメーションで紹介した。
IBMは、2016年5月に5量子ビットの量子コンピューターを、2017年5月には16量子ビットの量子コンピューターを発表した。その後、2017年11月には商用向けの20量子ビットの量子コンピューターの提供と、50量子ビットのプロトタイプの準備を発表。2019年1月にアメリカで開催された「CES 2019」ではガラスケースに入ったIBM Q System Oneが展示され、世界の話題をさらった。希釈冷凍機なども併せて改善され、ゲート演算のエラー率は第1世代の20量子ビット「Austin」の9.68%から、第2世代の20量子ビット「Tokyo」の7.79%へと向上している。
ソフトウェアについては、SDKの「Qiskit」が2016年7月より公開されており、誰でもIBM Q向けのプログラムを書くことができる。2018年半ばには、量子化学、機械学習、最適化の各アプリケーション開発向けの「Qiskit Aqua」を公開した。
このほか、量子コンピューターの研究開発を加速化させるため、IBMは学術機関や企業、スタートアップなどグローバルなネットワークの構築にも取り組んでいる。国内では、慶應義塾大学理工学部の矢上キャンパス内に量子コンピューターの研究拠点「IBM Q Network Hub」を開設。同ハブを介して米ニューヨーク州のIBM Thomas J. Watson Research Centerに設置された最上位の量子コンピュータにクラウドアクセスすることが可能で、量子コンピューティングや量子アプリケーションの研究開発を支援する。
ラージスケールでエラー耐性の高い量子コンピューターを目標に、一歩ずつ未来へと歩を進めるIBM。同社の量子コンピューターは「IBM Q Experience」のクラウドサービスで体験できる。
「量子の夢の世界は、弊社だけで目指すものではない。さまざまなパートナーとともに量子の旅を続けていく。それがIBMの理想とする未来だ」
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