広範な企業において加速する、SFA/CRMを活用した営業改革
ビジネスのデジタイゼーションやDX推進の文脈の中で、企業の間ではクラウドサービス(SaaS)の活用により、業務の効率化、高度化を図っていこうとする動きが活性化している。特に営業の領域では、以前からSaaS型で提供されるSFA/CRMの利用が企業に浸透してきた。そうしたなか、近年、ユーザーからとりわけ高い支持を獲得しているのが「Microsoft Dynamics 365 Sales」だ。
Dynamics 365 Salesの活用により企業の営業担当者は、取引先企業と取引先担当者を適切に追跡して、顧客との強力なリレーションシップを構築。AI等のインテリジェンスを駆使して導出したインサイトに基づくアクションの精度向上を図りながら、リードから注文へと営業プロセスを的確に進展させていくことができる。
Dynamics 365 Sales自体、極めて豊富な標準機能を搭載しており、その拡張性を活かして柔軟にカスタマイズできる点も大きな特徴となっているが、例えばグレープシティのJavaScript製品を利用してカスタムなWebアプリケーションを実装、連携させることで、ユーザーエクスペリエンスをなお一層高めることが可能となる。
今回の「Web TECH FORUM 2023 Winter」では、Dynamics 365 Salesを利用することのメリットやその活用事例、およびグレープシティのJavaScript製品を活用してDynamics 365をカスタマイズする方法についての解説が2つのセッションを通して行われた。
デジタルフィードバックループの実践を営業領域で担うDynamics 365 Sales
まず、イベントの幕を切って落とす最初のセッションとなったのは、日本マイクロソフトの井上圭司氏による「Dynamics 365 Salesの最新顧客事例/最新機能とよくあるカスタム開発例のご紹介」と題する講演である。
セッションの冒頭、井上氏は「Dynamics 365 Salesを活用して多大な成果を享受しているお客さまの多くが、マイクロソフトの提供する他のサービス、例えばMicrosoft 365やMicrosoft Project、Microsoft Azure、あるいは同じDynamics 365にラインアップされるMarketingやCustomer Serviceなどとの併用による『デジタル フィードバック ループ』を実現されています」と切り出す。
デジタルフィードバックループとは、マイクロソフトが提唱する、DX加速のためのフレームワークといえるもので、「従業員にパワーを」供給しながら「顧客とつながる」「業務の最適化」「製品の変革」をデジタル活用により実現していくことがそのコンセプトに据えられている。そこでは、顧客や従業員からのシグナル、業務データや製品のテレメトリ情報を収集して、インテリジェンスによる分析によってもたらされるインサイトに基づく行動を実践することで、業務の効率化や顧客とのリレーションシップの強化、製品の改善といった成果につなげていくことになるという。
例えば、栗田工業などはDX推進の一環として、まさにそうしたデジタルフィードバックループの実践による「顧客親密性」の最大化を目指している。同社は、水処理のリーディングカンパニーとして、各時代を通じて公害などの社会問題や環境問題と向き合い、あらゆる産業における水にかかわる課題解決に向けた、水処理薬品や水処理装置にかかわる商品や技術、ノウハウを結集したソリューションの提供で知られる企業だ。
同社では、水処理の現場設備の遠隔監視システムをAzure上で稼働させており、テレメトリデータの収集により、仮にトラブルが発生した際にも現場に出向く前にあらかじめトラブル原因を特定しておくことで問題の早期解決が可能となっているという。
その一方で、同社営業部門ではDynamics 365 Salesを導入。顧客の声を拾い上げ、会社の中でフィードバックループを回していくためのツールとして、Dynamics 365 Salesが大きな貢献を果たしている。具体的には、他の部署も含めた会社全体で顧客に対してどういう行動をとっており、どんな結果が得られたのかを把握することで、バリューチェーン全体でのビジネスプロセスの改善を推進。「顧客親密性」の最大化に役立てているわけだ。
また、ビルや工場などにおける空調設備の設計・施工からメンテナンス、運転管理などのサービスをワンストップで提供する高砂熱学工業では、これまで同社が顧客とのビジネスを成功に導いてきたナレッジや勝ちパターンを蓄積、共有するプラットフォームとしてDynamicsを活用している。
「特にこのお客さまでは、Microsoft 365の提供するメールやスケジュール、さらにはMicrosoft Teamsといったコミュニケーション環境をDynamics 365 Salesと連携させることで、さまざまな業務局面での効率化を実現。例えば会議を紙ベースではなく、Dynamics 365 Salesの画面を参照しながら行うかたちで紙資料を廃止して、会議資料作成の手間を大幅に削減するといった成果も実現されています」と井上氏は紹介する。
以上のような事例が示すように、Dynamics 365 Salesはその充実した機能性により、顧客との関係強化や従業員の効率化、さらには製品の改善など、広範な側面でマイクロソフトの提唱するデジタルフィードバックループの実践を支える役割を担っている。
Microsoft 365とSFA/CRMの間のシームレスなデータ連携を実現
マイクロソフトではさらに、Dynamics 365 Salesの導入価値をさらに高めるためのソリューションとして「Microsoft Viva Sales」を提供している。これについて井上氏は「例えば、営業担当者が日々の活動のおよそ70パーセントという膨大な時間を、顧客や社内の方々とのコミュニケーションに必要な資料作りに費やしているという統計データがあります」と指摘する。具体的にそれは、メールの作成やスケジュールの登録、PowerPointによる提案書の作成、Excelによる見積書の作成など、およそMicrosoft 365のOfficeツールを使った作業だと捉えることができる。
「営業担当者がそうした作業に多くの時間を費やしているがゆえに、SFA/CRMにデータを入力して最新の状態に保つ作業に手が回らず、結果、SFA/CRMの活用が思うように定着しないケースも少なくありません。要するにViva Salesはそうした問題を解消し得るツールなのです」と井上氏は説明する。具体的には、Microsoft 365の提供する一連のツールとDynamics 365 Salesとの間のデータをシームレスかつ自動的に連携できる仕組みを提供している。
仮にOutlookとの連携を例にとるなら、閲覧しているメールをDynamics 365 Sales上に登録された営業案件やその進捗状況と紐づけ、SFA/CRMのデータとして保持することができる。「これによりDynamics 365 Sales上から、当該顧客との過去のメールのやり取りをクリック1つで簡便に呼び出したり、顧客にかかわる案件などのCRM情報の閲覧をメール環境から即座に行えたりします。一連の動作は、アプリケーションの起動や切り替え、ログインなどの操作を伴わず俊敏に行えます」と井上氏は語る。もちろんこうした連携については、Outlookに限らず、他のMicrosoft 365のツールとの間においても同様に実現可能だ。
またViva Salesの特筆すべき機能といえるのが、Teamsで実施した会議において録音される各人の発言内容をテキスト化することで、事後の確認を強力に支援していることだ。「例えば、『価格』や『売上』といった任意のキーワードを指定して、そこをピンポイントで確認したり、当該箇所の音声を再生したりといったことができるわけです。多分営業担当者の方々は、資料作成にあたってこのような録音内容のチェックに多大な時間を費やしているものと思います。そうした局面でも、Viva Salesが営業担当者の生産性向上に大いに貢献するわけです」と井上氏は言う。
最後に井上氏は、Dynamics 365 Salesの標準UIに対して、ユーザーからよく寄せられる要望についても言及する。例えば、営業担当者の活動計画において、時系列での各日の活動や顧客軸での活動の計画がわかりやすく一覧でき、漏れのない計画立案を支援するようなUIを求める声が多い。また、受注生産を行う部品メーカーなどで、向こう数十カ月といったスパンにより、売上、コストを踏まえた収支計画を算出して可視化できるようなUI、機能といったものについてのニーズも大きいという。
「Dynamics 365 Salesの標準機能では現状、なかなかそういったUIを表現することが難しいのが実情。それ以外にもさまざまなニーズがあるかと思いますが、そうしたカスタム開発が必要な部分については、グレープシティの提供するJavaScriptライブラリ製品を用いて実装いただくことが非常に効果的なアプローチになるものと思います」と井上氏は語りセッションを締めくくった。
JavaScriptライブラリで実装したWebアプリの活用によるカスタマイズ
続く2つめのセッションには、グレープシティの福井潤之氏が登壇。「JavaScriptライブラリではじめるMicrosoft Dynamics 365のお手軽カスタマイズ」と題するセッションを執り行った。
Microsoft Dynamics 365自体、標準機能が充実していることに加え、カスタマイズ性が高いところも大きな魅力の1つである。「例えば、リボンやフォームといった各種画面表示項目のGUI上での調整に加え、Microsoft Power AppsやSDKを使ったプラグインの追加といった拡張機能を実装するための方途も数々用意されています。なかでも、特に手軽にDynamics 365のUIや動作をカスタマイズする方法として、広く使用されているのがJavaScriptです」と福井氏は語る。
Dynamics 365が公開しているWeb APIとJavaScriptを活用したアプリケーション開発により、使いやすく高機能なUIをDynamics 365に追加することができる。すでに述べたようにグレープシティでは、そうした領域の取り組みを強力に支援するJavaScript開発ライブラリ製品群をラインアップしている。福井氏のセッションでは、Dynamics 365をカスタマイズする際に特に最適な2つの製品、「Wijmo」「SpreadJS」による機能実装の概要がデモを交えて紹介された。
まずWijmoだが、この製品は業務上のさまざまな案件をカバーするJavaScriptライブラリであり、例えばグリッドビューやチャート、インプット、ゲージ、ピボットなど40以上の各種コントロールをオールインワンで提供するスイート製品となっている。グレープシティの提供するJavaScript製品は、「汎用型」と「用途特化型」に大別されるが、こうした観点でWijmoは汎用型のライブラリセットに該当するものであり、開発で重宝する幅広いツール群が収録されている。
一方の「SpreadJS」は、「用途特化型」にカテゴライズされるスプレッドシートライブラリ製品で、ExcelライクなUIや機能、操作性をWebアプリケーションにおいて実現するものとなっている。スプレッドシート部分のコントロールだけでなく、例えばリボンや数式バー、ステータスバーなども含めて、まさにExcelと同等のUIを実装できることが、その大きな特徴だ。
こうした汎用型、用途特化型を問わず、高速・軽量であることがグレープシティのJavaScript製品に共通する際立った優位性であり、洗練されたアルゴリズムによる実装でモジュールサイズを極小化し、高い処理性能を実現している。
セッションで実施されたデモでは、Wijmoに含まれる高機能なデータグリッドコントロールである「FlexGrid」とデータ管理クラス「CollectionView」の活用、およびSpreadJSのスプレッドシートコントロールを活用するという2つのアプローチであらかじめ実装されたWebアプリケーションをDynamics 365のWebリソースとしてホストし、リード情報をよりリッチなUIで閲覧しながら、既存データの更新や削除、新規データの登録などを扱えるようにするカスタマイズが実演された。
なお、これら2つのアプリケーションの具体的な実装内容については、グレープシティの情報発信メディア「GrapeCity.devlog」に掲載されているブログに詳述されているので、そちらを参照いただきたい。
参考情報
開発したアプリケーションに関する、Dynamics 365のWebリソースとしての新規登録について福井氏は「Dynamics 365の[詳細設定]メニューから[カスタマイズ]-[システムのカスタマイズ]を順次選択していくことで、表示されるPower Appsベースの管理画面やデザイナが画面から[新規]ボタンをクリックして、FlexGridないしはSpreadJSを組み込んだHTMLページをアップロードすることにより簡便に行えます」と解説する。
あわせてデモでは、こうして実装されたアプリケーションを、Dynamics 365の画面から起動しやすいように、コマンドバーにカスタムのリンクボタンを追加する方法も示された。
最後に福井氏は、前セッションで井上氏から話のあった、Dynamics 365 Salesの標準機能では現状、実装困難なUI表現をグレープシティのJavaScriptライブラリ製品によってどのように実現できるかについても説明。「例えば、時系列、顧客軸での活動計画を漏れなく立案できるようなUIについては、SpreadJSならば、Excelと同様の条件付き書式の機能が利用できるので、そうしたものを使って、特定条件のセルに色付けを行い視覚的に目立たせるといったこともできます」と説明する。
またもう1つの、製品ごとの収支計画を数十カ月先まで入力したいという要件に対しては、1レコードで複数行のレイアウトのグリッドを組み込むことができる、Wijmoで提供される「MultiRow」コントロールの利用によりニーズに応えられる旨を紹介した。
今回の福井氏の講演では、WijmoのFlexGridとSpreadJSが取り上げられたが、グレープシティがラインアップするJavaScriptライブラリには、例えば日本仕様の入力コントロールセットである「InputManJS」、あるいはUI関連ではないが、帳票ライブラリとして評価の高い「ActiveReportsJS」などをはじめ、いずれもクライアントサイドでの動作によってサーバー環境を問わず利用できるさまざまな製品が用意されており、Dynamics 365のUI、機能の拡張にかかわる局面でも大きな威力を発揮する。
Dynamics 365に対するカスタム実装は一般的なシステム開発に比べて難しい?
以上、今回の「Web TECH FORUM 2023 Winter」で実施された2つの講演の模様をレポートしてきたが、セッション終了後には、受講者からの質問に講演者が答えるQ&Aのコーナーも設けられた。以下、そこでやりされた2つの質疑応答をピックアップして紹介しておきたい。
1つは「SpreadJSでの実装について、Excel Onlineを使ったほうが工数的に有利だと思われるが、SpreadJSを使うベネフィットとは何か」という参加者からの質問だ。これに対し福井氏は、SpreadJSの利用でJavaScriptによるクライアントサイドWebアプリケーションの実装が行えることを強調。
「Excel Onlineではハードルが高い、さまざまなビジネスロジックの組み込みをJavaScriptのプログラミングをベースに行えます。例えば、別々なところにある複数のデータを引っ張ってきて、好みのようにデータを表示させる、といったこともユーザーの要望に合わせて自由にカスタマイズできるので、そういった点がSpreadJSを利用するベネフィットだと言えるでしょう」と説明する。
またもう1つの質問は、「Dynamics 365での開発は一般的なシステム開発比べて難しいところはあるか」というものである。福井氏は「例えばデータ連携についていえば、WijmoにせよSpreadJSにせよ、Web APIを介して行う形の実装になりますが、そうしたところはDynamics 365との連携においてもまったく同様であり、通常のシステム開発と何ら変わるところはありません」と紹介。「あえて言えば、Dynamics 365のAPIがOpen Data Protocol(OData)ベースとなっている点について、多少留意する必要があるかもしれません」と付け加えた。
機能の充実ぶりに加えて、カスタマイズ性の高さについても大きな優位性を持つDynamics 365 Sales。ただ、個々の企業が持つ細かなニーズを満たすには、どうしても自前による開発が必要となるケースも少なくない。その際に重要なポイントになるのが、いかに最小限の工数で、然るべき品質を担保した実装を実現するかだ。今回のイベントは、グレープシティの提供するJavaScriptライブラリ製品が、まさにそうした要請に応え得るものであることを参加者に伝えるものとなった。