金融ドメインに見る、システムの正確性と柔軟性の共存
泉氏のキャリアは多様で、音楽大学卒業からゲーム開発を経て現在の金融ドメインに至る。その経験を踏まえ、蜂須賀氏が「ドメインごとに意識する点は異なるか、それとも共通する部分があるのか」と問いかけると、泉氏は「一緒ではない」と即答し、ドメイン特性に応じたアプローチの必要性を強調した。
UPSIDERの金融ドメインを例に挙げ、泉氏は「資産を扱ううえで最も重要なのは正確な台帳を作ること」と説明する。決済システムではわずかな誤りも許されず、セキュリティや可用性を確保するために堅牢かつ厳密なシステム構築が必要だ。一方で、レシートや領収書のアップロードなど周辺機能では、柔軟性やユーザビリティが重視される場面が多い。これらの異なる特性を持つ領域をどうバランスを取りながら組織とアーキテクチャに反映させるかが、重要なポイントとなる。
このバランスの考え方を説明するため、泉氏は自身のnoteに掲載した図を紹介した。図には「固く作らなければならない領域」と「柔軟に対応できる領域」のバランスが示されており、泉氏はこれをクレディセゾンの小野氏の言葉を引用し、「侍」と「忍者」に例えた。「侍は重厚で堅牢、しかし動きが鈍くなる。一方、忍者は軽快かつ柔軟だが、セキュリティやスケーラビリティ、パフォーマンスの面では侍に及ばない。この両者を組織内で共存させることが重要だ」(泉氏)
蜂須賀氏はこのアプローチに共感し、「守るべき領域と攻められる領域を区分けすることで、組織とアーキテクチャのバランスを取れる」と指摘。青木氏もこの考えに賛同し、自社にも取り入れたいと述べ、泉氏の考えが他企業でも有用であることを認めた。
硬い領域と柔軟な領域の両方を組織に取り入れることで、エンジニア自身の成長も促進できるという。泉氏は「エンジニアによって、高可用性を追求する堅牢なシステム作りに美徳を感じる者もいれば、ユーザー体験の向上に魅力を感じる者もいる。組織がこの両面を持つことで、多様なスキルと興味に対応できる」と解説する。実際、チーム内を行き来するエンジニアも多く、その効果を実感しているという。
セッションの締めくくりに、青木氏は会場に向けて、「新しい挑戦をするなら、社会的受容性を考えずに突き進むことが重要だ。特にスタートアップや新しい技術への挑戦では、やりたいことがあるなら早めに決断し、挑戦すべきだ。私は32歳でスタートアップを始め、早く飛び込んだことで多くの知見を得られた」と熱いメッセージを送った。
続いて泉氏も、「良いソフトウェアを作るエンジニアは、良い組織フレームワークも作れる。そういう意味で、ソフトウェア開発と組織作りは共通している。システム開発における責務の分解や構造設計の明確さは、組織作りにも当てはまるので、エンジニアの持つベストプラクティスを組織運営に活かし、悩まずに前向きに取り組んでほしい」とエールを送った。
今回のセッションでは、組織とアーキテクチャのバランスについて、具体的な実践方法や考え方が共有された。スタートアップから既存企業まで、組織の変化に悩むエンジニアやリーダーにとっての有用なヒントになることだろう。