はじめに
新しいソフトウェアを開発すれば、その設計思想、特徴、有用性、魅力を語る説明書が必要になります。説明書の作成には開発作業とは異なる次元の能力と忍耐が要求されます。独自技術を誇る組織の場合、技術紹介資料の作成作業はより困難を極めます。保有技術のすべてを文書化するわけにはいきません。開示レベルを慎重に設定しながら、自分たちの技術の魅力や有用性を記述しなければなりません。開示レベルの設定は簡単なことではありません。担当開発者は本能的に、より多くの情報を公開したいと考える傾向があります。組織の経営者は競合他社の動きを警戒し、公開量を抑制しようと神経を使います。
筆者は、複数の開発関係者がマニュアルなどの説明書を仕上げていく現場を遠くから観察していたことがあります。彼らは同じコンピュータ画面を見ながら、チーム一丸となって文章を作り上げていきます。「そうじゃなくて、こういうことじゃないの?」対立する意見が次々に出されます。アーキテクチャーや機能ブロックを抽象化する図形にいたっては、関係者間で激しい議論が展開される現場も目撃しました。
複数の異なる意見を集約することは大変なことです。意見集約の精度は新しいソフトウェアや独自技術の普及の鍵を握ります。
C++国際標準化委員会は、次期仕様である「C++0x」を作成しています。Bjarne Stroustrup氏は委員会活動の中心メンバーとして多くの資料作りに参加しています。標準化委員会は既に2000とも3000ともいわれる膨大な数の資料を作成し、公式サイトから公開しています。標準化委員会の各委員は、自分たちが作成した新仕様がより多くの現場開発者に受け入れられることを願いながら、それぞれの資料を書いているはずです。
標準化委員会では既に多数の意見が出されています。誰かがそれらの意見を集約する必要があります。Stroustrup氏は現在公開されている膨大な素の資料をどのように観察しているのでしょうか。また、新仕様「C++0x」をどのように現場開発者に広報していくつもりなのでしょうか。同氏は、「標準化委員会は人的資源と予算が常に不足している」と嘆きます。外から見ると、Stroustrup氏は辛い役回りを引き受ける運命にあるようです。
今回の質問意図
筆者は標準化委員会の公式サイトから公開されているいくつかの資料に目を通してみました。結論から言えば、説明内容が技術詳細に渡り、関係者以外到底理解できない内容が多い印象を強く受けました。C++の新しい仕様「C++0x」は最終的に現場開発者に影響を与えます。これからC++を学ぼうとする人々の将来をも左右するでしょう。C++新仕様の普及についてStroustrup氏にお尋ねしました。