初めて体験した「ふりかえり」には、ネガティブな印象しか持てなかった
――現在のお仕事では、どのようなことに取り組まれているのでしょうか。
森一樹(以下、森):野村総合研究所(NRI)でアジャイルソリューション「aslead Agile」という新しいプロダクトの開発に取り組んでいます。役割としては、プロダクトオーナーとアジャイルコーチを兼任しています。そこで「オキザリス」というアジャイル開発チームを作り、自律的に新たな価値を早く生み出せるように、チームビルディングも含めてここ1年くらい注力しています。
その傍ら、社内外のチームビルディングにアジャイルコーチやアドバイザーとして参加しているほか、ふりかえりの講演や研修・ワークショップのファシリテーターも務めています。最近は「アジャイルなチームをつくる ふりかえりガイドブック」を執筆するなど、ふりかえりを日本全国に広げる活動も行っています。
――これまでのキャリアとふりかえりとの出会いについて教えてください。
森:入社したのが2013年ですね。入社時はテクニカルエンジニアという職種でした。NRIのテクニカルエンジニアは、開発技術や基盤技術に長けたスペシャリストが多いんです。私も興味関心を持った最先端技術の研究や開発に携わっていました。
2017年までは、社内の大きなプロジェクトでプロセスを改善したり、ミドルウェアやツールを使ったチームのパフォーマンス向上に取り組んだりしていました。入社当時はこの分野にそれほど強い想いはなかったんですけど、2~3年やっているうちにその面白さに気づいてきたんです。
上司や周りのメンバーに「もっとプロセス改善の能力を高めていきたい、そういう仕事をしてみたい」と言っていたら、大きなプロジェクトにアサインしてもらえるようになりました。その中でエンジニアとしての基礎知識、いわゆるウォーターフォールでいう要件定義からリリースまでの一連の流れはそれぞれ経験させてもらったと思います。
プロジェクトの全体像を見ながら、そのチームリーダーやプロジェクトマネージャーに近いことをやらせてもらいました。そこでマネジメントスキルを少しずつ蓄積してきました。
ふりかえりとの出会いは、2015年に携わったあるプロジェクトでした。プロジェクトが終わった後、当時のリーダーにメンバー全員が集められて「よし、ふりかえりするぞ」と。そのときはKPT(ケプト)という手法を使いました。
そんなにうまくいったプロジェクトでもなかったので、「どこがうまくいかなかったんだろうね」とか、「次にこうした方がいいよね」みたいな話をしたのは覚えています。ただ、その時点では「ふりかえりが好きになった」わけではありませんでした。
なぜか言うと、当時のふりかえりの結果にマイナスイメージを持っていて、次のプロジェクトに活かされている実感があまりなかったんですね。何のためにふりかえりをやったんだろうって、少しネガティブな印象を受けたのは覚えています。
実際にチームの成長を感じて、ふりかえりが楽しくなってきた
森:その後、2017年に部署異動があって、アジャイル開発に携わるようになりました。その部署のメンバーでふりかえりをやることになり、毎週のふりかえりをきっかけに、日常的に会話することが増えていったんですね。ふりかえりを繰り返していくうちに、明確にチームが毎週のように変わっていくのが感じ取れました。
バラバラの方向を向いていたメンバーが少しずつ同じ目線でゴールに向かい出し、考え方や動き方も変わっていった。積極的にイベントに参加してくれるようになったり、コミュニケーションが取りやすくなったり、と反応が早く返ってくるようになった頃にようやく「あ、これが本当のふりかえりだったんだ」と思ったんです。
2015年に実施したふりかえりとは、全くイメージが変わりました。「アジャイルレトロスペクティブズ」やアジャイル関係の本をチーム全員で読んで、いろいろな手法があることを学びました。
毎週手を替え、品を替え、試してみるうちに、このチームではこういうやり方がいいんだろうなとなり、ふりかえりのやり方自体も毎回改善していきました。チームも変わるし、ふりかえりがどんどん楽しくなっていったんです。
それからはアジャイル開発を続けながら、スクラムマスターやプロダクトオーナーを務める中で次第にコーチングやふりかえりのファシリテートをすることも増えてきて、2021年の今に至ります。
悶々としながら頑張ってきたことの価値に気づく
――ふりかえりに出会う前、仕事で感じた悩みや課題は何でしたか。
森:プロジェクトに入ってプロセス改善をし、プロジェクトをいい方向に持っていっても続かないことでしたね。プロジェクト単発で消えてしまうんです。せっかく改善しても、プロジェクトが終われば次のプロジェクトに行って、またゼロの状態から始まる。それがずっと繰り返されるんです。
実は私、入社したときに日本のITをかっこよくしたいという志を持っていたんです。幼少期に流行ってたガラケーやウォークマンが大好きで、当時日本のIT技術は世界に先駆けていたのに、アップルなどの他国の企業においこされていった。そこを何とかしたい、社会に影響力のある会社に入って何かできればいいなと思っていました。
そうした思いがあったので、まずは仕事を通じて会社全体をよくしていきたかったのですが、プロジェクトは単発で切れてしまう上、よくなってる気があまりしませんでした。自分の周りの世界は変わってないなと……そんな悩みがあり、入社してから5年ぐらいは悶々としていましたね。
――そうした悶々とした中で、転機になった経験は何だったのでしょうか。
森:間違いなく、アジャイルに出会ったことが転換点の1つです。2017年にアジャイルに関わり始めて、その後さまざまなコミュニティに参加するようになりました。最初は先輩に誘われて、Agile Japan(アジャイルジャパン)というカンファレンスに行きました。何かすごい人たちが、すごいことを発表してるのを見て刺激を受けたのを覚えています。その後自分のプレゼンスを高めようと、いろいろなイベントに参加するようになりました。
第2の転換が、2017年9月22日のDevLOVE関西です。私にとっては、日付を忘れないくらいとても重要なイベントなんです。それまでは社外のイベントに行っても、雲の上の人だと感じているエンジニアたちの話を聞いて、自分も取り入れてみようとか、インプットすることが大事だと思っていました。でもあるとき、当時の同僚だった森實さんが、社内での活動を「その活動めちゃくちゃいいから発表しよう」と誘ってくれたんです。そして、DevLOVE関西で20分の発表をさせていただきました。
これまで悶々としながら、頑張ってきたことが他の人にとって価値になることがある。自分では大したことがないと思っていたことが、他の人には何かしら価値のあることもあると気づいたのはそのときからです。
その後は2~3カ月に一度の頻度で、イベントを探しては登壇していました。アウトプットすることによって、自分のインプットが増えることに気づいたんですね。イベントで出会った人と仲良くなって、登壇の機会をいただいたりすることも増えていきました。発表すると周りからフィードバックがもらえる。今まで雲の上の人たちだと思ってた人たちから、「こういう情報あるよ」と情報交換ができる。これが第2の転換です。