ユーザードリブンなプロダクトのために、フロントエンドに注力する
――まずはお二人の現職および役割と、これまでのご経歴などについてお聞かせください。
古川陽介氏(以下、古川):現在はリクルートのフロントエンド専門組織のグループマネージャーと、ニジボックスのデベロップメント室の室長を兼務しています。キャリアとしてはサーバーサイドのエンジニアからはじまり、システムを作る上でフロントエンドは重要と考え、数年前に転向しました。そのきっかけがNode.jsとの出会いで、現在は日本ユーザーグループ代表を務めていますが、いろいろと変遷もあり、フロントエンドエンジニアの変化を身をもって体験してきたと言えると思います。
丸山潤氏(以下、丸山):私はニジボックスの執行役員として、デザインおよびフロントエンドの事業開発から組織運営まで全体を統括しています。もともとWebデザイナーやフロントエンドエンジニアといったキャリアを経て、2011年にリクルートに入社し、Media Technology Lab.という新規事業の開発機関を経て、そこから分社化したニジボックスに出向する形で参画しました。途中リクルートのほうがメインになった時期もあるのですが、2015年に現在のニジボックスの柱となる、UI/UXを軸としたコンサルティング事業を立ち上げ、執行役員になりました。
――ニジボックスさんといえば「POSTD」でも知られていますが、もとはリクルートのキュレーションメディアだったそうですね。
丸山:もとはリクルートの社内起案制度から誕生したメディアなのですが、たまたま自分がその起案者の上司だったこともあって、立ち上げから運営まで見て、良いメディアだと評価していたんです。一時は30万人もの読者を擁していたのですが、私が部署を離れてしばらく経った頃に運営が滞っていて残念に思っていました。当時、ニジボックスとしてもフロントエンドに力を入れ始めていた頃だったので、手元で復活させたいと思って交渉し、ニジボックスのメディアとして引き継いだわけです。
フロントエンドに力を入れ始めたのは、シンプルに自分の経験からです。UI/UXはリサーチャーやデザイナーの仕事だと思われてきましたが、本来は「組織全体で取り組むべき」もの。とはいえ、動作が実際に動くようになって、そのUI/UXが本当にいいものかどうかは、まずはフロントエンジニアが一番最初に触ってチェックしますよね。いわば”ユーザー目線”で最初に触れるわけです。GAFAのUXリサーチャーと話した際に、UI/UX視点を浸透させるために「エンジニアから教育を行うことからはじめた」と語っていました。それによってエンジニアがユーザーの立場でUXについて発言するようになり、ユーザードリブンなプロダクトになったそうです。私も同じ実感があります。
「技術」と「ユーザー」で見るフロントエンドの進化の流れ
――なるほど、フロントエンドエンジニアの進化がUI/UXの進化、ひいてはシステムやサービスの進化にもつながるのですね。フロントエンドに関しては、特にスマートフォンの登場以降激変したと思いますが、概観するとどのような変化が起きていると思われますか?
古川:かなり前からFlashなどでリッチクライアントをWebで作るという流れがありましたが、それがスマートフォンの登場でHTMLやCSS、JavaScriptにシフトしたという技術的な変化があります。2010年頃には「HTML5ブーム」などと呼ばれた時期もあったように、アプリケーションなどサーバーサイドで動きを与えていたものが、フロント側で実現するほうがいいということになってきました。そのほうが、インタラクティブもシームレスに行え、得られる体感速度も速くなるため、この10年でどんどん加速していった感があります。そしてもう1つ、スマートフォンが普及したことで、スワイプやドラッグ、タップなど「限られた操作の中で動きを実現する必要がある」という、ユーザー側の変化もありました。いわば「技術の進化」と「ユーザーの操作の変化」という2つの流れが融合して、フロントエンドを大きく変化させてきたと言えるでしょう。
具体的には「React」や「Vue.js」などのフロントエンドフレームワークが進化し、それをより効率的に使うための「Next.js」のようなメタなフレームワークも登場し、かなりリッチな開発環境へと進化しています。かつてはUIデザインを渡して、裏側で動きなどを作ってもらうという工程が、いまやUI/UXまで含めてフロントエンドエンジニアが一手に担うようになっています。いわばWebサービスのオモテを担うオマケだったはずが、サービスの主軸を担うメインストリームになってきたと言っても過言ではないでしょう。そのように開発の厚みが増すほどに人材を確保し、専門組織を作る必要があるため、ニジボックスも力を入れつつあるというところです。
丸山:変化と言えば、スマートフォンだけでなくデバイスが増えた影響も大きいですよね。その対応だけでも恐ろしく複雑になってきています。それは単に可読性などの問題だけではなく、「多様化の時代」とも言われるように、デバイスが変わることで求められるUXも変わってくるかもしれないということです。
だからSPA(Single Page Application)に寄っていくようにも思われますし、ARやVRといった技術が載ってきたらどうなるのか、体験がどんどん複雑になっていくのではないかという想像をしています。おそらくデバイスってどこかのタイミングでまた進化するでしょうし、かといってPCやスマホ、タブレットがなくなるとも思えないので「ただ増えていく」だけでしょう。そうなれば、デバイスの数だけ求められるUXも増え、対応する必要が生じてきます。
スキル、知識、組織……古川氏が語る、フロントエンドエンジニアが直面する変化とは
――そうした変化に伴い、その最前線を担うフロントエンドエンジニア、そしてその組織にも、さまざまな変化が求められるのではないでしょうか?
古川:実際に今フロントエンドエンジニアの組織を見ているので、既にその兆候を感じています。人が増えてきているのもそうですが、求められるスキルも変わってきました。例えば、少し前まで求められるスキルや能力は、言語的な部分と見た目にこだわりを持ち、レスポンシブ対応ができるかといった機能的なスキルが重視される傾向にありました。しかし近年では、開発して終わりではなく、開発後にもテストやメンテナンスでより良いものにしていく必要があるので、システムのメンテナンスのしやすさやパフォーマンス、ユニバーサルデザイン的なアクセシビリティなど、アプリケーション全体を引いて見たスキルや能力が必要になってきました。つまり、かつてWebデベロッパーに求められたものがそのままフロントエンドエンジニアにもプラスして求められ、組織づくりも意識しなければならない状況にあるというわけです。
ツールが進化し、誰でも作りやすくなった一方で、作った後にコントロールやマネージメントをしていくためには、運用に耐える技術力が求められます。となると、コンピュータサイエンスに関する知識やエンジニアとしてのルールなどを身に着ける必要があり、組織としても解決するべく、研修などの取り組みを進めているところです。
――新しいスキルや能力が求められるようになる中で、人が増えているともおっしゃっていましたが、実際にどのような人がボリュームゾーンになっているのでしょうか。
古川:幅広いですね。マークアップしかできないという初心者から、「React」を使ってアプリケーションを開発したという経験者までさまざまです。世の中のニーズ的にはアプリケーション寄りが増えており、それに伴って対応できるエンジニアを増やしていく必要があると実感しています。
丸山:採用に携わることも多いですが、要件がどんどん上がっているのを感じます。技術的な要件はデザイナー側にもサーバーサイド側にも広がっているし、先ほどの”引いて見る能力”も求められるし、もう全方位と言ってもいいかもしれません。なかでも、誰も取り残さない世界を標ぼうするWebとしては「アクセシビリティ」も重視されています。
古川:フロントエンドエンジニアって、位置的にもプロジェクトのハブになっていることが多いですしね。デザインもサーバーサイドも分かるなら仕事が進めやすいですから。その意味では、新しいロールと言えるかもしれません。かつてデザイナー、マークアップやコーダー、後はエンジニアだったのが、マークアップ側からもサーバーサイド側から手を伸ばして、フロントエンドエンジニアという職能ができた。フロントエンドエンジニアという呼び方が一般化したのも、ここ5年ぐらいではないでしょうか。
――そうした変化に付いていくことに、不安や課題感を感じているエンジニアも多いかと思います。キャッチアップを楽しく効果的に行っていく方法をお聞かせください。
古川:私がNode.jsに触ったのが2012年なのですが、それまではJavaしか触ったことがありませんでした。イベントに出かけても不安だらけで、自分と同世代か若い人が何を言っているかも分からない。もう焦りまくったことを覚えています。でも、そこからできたことは、やっぱり愚直にやることしかなかったです。人のマネをして、試してみて知見を溜めていくしかない。楽しさはともかく、効果的・効率的にというのは、なかなか難しい。だから、もうアドバイスとしては、「怖くても逃げないでやってみよう」ということしか言えないです。むしろ「怖い」と感じるからこそ勉強もすると考えれば、むしろチャンスと言えるのではないかと。
実は私自身、Javaでアプリケーションを作っていて限界を感じていた中で、たまたまブログ記事でNode.jsのイベントがあると知って行ってみたのがきっかけなんです。楽しくなってきたのは、Node.jsでいろいろなものを作っていくうちに少し詳しくなって、自分もイベントで発表するようになり、フィードバックをもらえるようになってからですね。そこまでは「ヤバいヤバい」と思いながらやっていました。
丸山:なかなか社外に発表とはいかなくても、社内勉強会でもけっこうモチベーションは上がりますよね。
古川:うちの場合もみんな発表したいものだから渋滞して、私も発表したいと言っても「2か月待って」と言われるほどです。イベント参加は楽しいですからね。
発表に躊躇がある人なら、数人のイベントや社内からはじめて、少しずつ緊張できる場をステップアップで探していくのがいいと思います。やっぱり緊張感があるほうが準備もしっかりする必要があるし、成長すると思いますから。私もシンガポールやベルリンで発表したときにはプレッシャーもありましたが、成長を実感できました。
広木大地氏や和田卓人氏などと共にフロントエンドの未来を考える「POST Dev」
――ニジボックスさんでもイベントを開催するそうですね。見どころを教えてください。
古川:10月1日に「ビジネスを変革するモダンフロントエンドの祭典」と題して、無料オンラインカンファレンス「POST Dev」を開催する予定です。これまでお話したような変化によって、現場では何が求められているのかを掘り下げ、さらに組織論についても話をしていきます。これは、フロントエンドエンジニア向けのカンファレンスでは珍しいことかなと思います。個人的には、キャリアや育成方法など、今後のあり方に触れていることが、今回の「POST Dev」のキモだと思っています。
登壇者もさまざまな方を予定しており、例えば今後のフロントエンドにおける組織、開発生産性、人材育成などについては、一般社団法人 日本CTO協会 理事の広木大地さん、サイボウズ株式会社の開発本部長の佐藤鉄平さんと私とで鼎談を行います。モダンフロントエンドについては、株式会社一休 執行役員CTOの伊藤直也さんなど、レジェンド級のエンジニアの方々が登壇します。その他にもテスト業界で第一人者の和田卓人さん、MicrosoftでTeamsなどの統合開発環境を開発しているDeveloper advocateのTomomi Imuraさんなど、豪華な顔ぶれなので、ぜひとも楽しみにしていただきたいです。
丸山:エンジニアの祭典というと、エンジニアだけのものと思われがちですが、今回は組織や人材育成などのテーマもあり、エンジニア以外の方々にも興味を持ってご覧いただけると思います。
――ここまでのインタビューやイベントのコンセプトも踏まえて、フロントエンドの未来について、読者に伝えたいメッセージや未来像などをお聞かせください。
古川:先ほども少し触れましたが、今後フロントエンドエンジニアは開発におけるハブ役、橋渡し役として重要な役割を担っていくと思われます。その役割がさらに加速していけば、例えば機械学習が組み合わさってユーザーの先読みをして情報を提示するなど、いろんな技術の融合によってUI/UXも進化していくのではないでしょうか。他にもVR/AR、スマートウォッチなど、デバイスや技術も増えて、対応すべき領域が広がってくるでしょう。それはとても面白い世界になる可能性もあり、一方で怖さも感じています。でも、ひるまずに私自身も挑戦していきたいと思っています。
丸山:デザインシステムがしっかり決まっていると、運用レベルでUIデザイナーは不要になり、もしかすると全てフロントエンドエンジニアが担うほうが速いと言われています。もちろん組織の考え方によりますが、現場ではフロントエンドエンジニアが手を伸ばしてやったほうがいいのは間違いありません。スタートアップなどでフルスタックエンジニアという存在はありますが、大きな組織でも相互乗り入れ的なスキルや役割は求められるようになるでしょう。いいプロダクトやシステムを作ろうと考えたら、ローンチ後が重要です。リリース後の改善サイクルを迅速にすることを考えれば、エンジニア組織のあり方は根本的に変わり、職種も変わることになると予測しています。
――本日は興味深いお話をありがとうございました。