プログラミングで女性のQOLは爆発的に上がる
──「Ms.Engineer」を立ち上げたのはどういうきっかけだったんですか。
2020年12月に代表のやまざきから声がかかって、2021年春に事業として立ち上げました。やまざきとは一緒に仕事をしていたこともあり、私自身もちょうどジェンダーギャップへの関心が高まっていたときに「女性向けのプログラミングスクールの事業をやろうと思うんだけど、どう?」と誘ってもらってとんとん拍子にジョインすることが決まりました。
なんだか産後、「ちょっと大変だな……」と感じてしまうことが増えて。育児休暇でブランクは空くし、母乳育児をしていたので長く子どもから離れられない。プログラミングに必要な、集中できる時間が限られることが特に辛かった。
そんなとき、テクノロジー分野のジェンダーギャップを解消する特定非営利活動法人Waffleの田中沙弥果さんの講演を視聴しました。その内容が、それまでジェンダーについてちゃんと考えたことのなかった私には衝撃だったんです。日本に女性エンジニアが少ないということは、次世代にも影響があるのだとよくわかりました。そこから自分の経験やアイデンティティをもって社会貢献活動ができないかと、2020年の夏にWaffleにジョインしました。
ちょうどその頃、リモートワークが広がり、通勤時間を削減できるようになってリスキリングを考える女性が増えていました。「手に職をつけたい」と考える方々にプログラミングが注目される一方、経済産業省の調査によると2030年には最大79万人のIT人材が不足するとも言われています。女性の雇用環境は悪化しているにもかかわらず、IT業界は人材が足りていない。ここに大きなねじれが起こっていることを課題に感じ、解消していきたいという「Ms.Engineer」の思いに共感し、立ち上げに参画しました。
──そもそもIT業界でジェンダーギャップが起きているのはなぜだと思いますか。
社会に理系や技術職に対するジェンダーバイアスがあるからです。「女性は情報科学系の専攻・キャリアに進まないものだ」というステレオタイプがあり、それゆえに数学や理科といったSTEM分野の先生も男性がほとんどです。すると、親も自然と「女性は理系を選択しないものだ」という社会のステレオタイプを踏襲してしまう。国際学力調査のPISAによると、理系進路への促しが息子に比べ娘に対して20%低いそうです(Waffle調べ)。
実際に「女の子がエンジニアになるの?」「女の子だから文系のほうがいいんじゃない?」と言われたという話も聞いたことがあります。地方出身の私の後輩であるエンジニアは「女の子だし就職できなかったら実家に戻ってくれば良い」と言われていたそうです。実際ICT関連職に興味のある15歳女子の割合はOECD最下位だそうです。これは、日本のジェンダーバイアスを伴う社会構造に問題があると言われています。
──神谷さんは、お勤めのサイバーエージェントで「ダイバーシティ推進プロジェクト」に所属しているそうですが、社内ではどういったことに取り組んでいますか。
ボトムアップとトップダウンの両者から主に開発組織における多様性の推進を進めています。
1年前に発足したエンジニア・クリエイター発ダイバーシティ推進プロジェクトであるCAlorfulでは、社内の技術カンファレンスで多様性についてのパネルディスカッションを行ったり、社内向けに多様なメンバーの発信をしたり輪読会で知見を深めたりといった草の根活動をしています。
一方でトップダウンとしては技術部門のトップである執行役員や技術採用メンバー向けにジェンダーギャップ勉強会を開催することで、DE&I推進に欠かせないピースであるトップ層への巻き込みを進めているところです。
──そういった活動の目的を教えてください。
大きな目的は、テクノロジー業界に現在マイノリティと言われている層が参入し、多様な人で構成された世界になること。中でも特に注力したいのが女性やジェンダーマイノリティのエンジニアを増やすためのアクションです。
ジェンダーギャップ解消を推進したい理由は2つあります。1つ目は社会課題の解決、2つ目は企業競争力の向上です。
まず社会課題について。ジェンダーギャップ指数が著しく低い理由の一つにあるのが「経済」。その指標には管理職比率と並んで「専門・技術者の男女比」があります。ここが低い背景にある社会構造については先に述べた通りです。日本社会全体のジェンダーギャップを解消するには育成を含めた格差是正のためのポジティブアクションが必要で、そこは主に体力のある企業が買って出るべきなんです。サイバーエージェントとしても日本のジェンダーギャップ解消の一翼を担っていきたい。
2つ目の視点が企業競争力です。アプリケーションのユーザーは半数が女性なのにも関わらずその作り手は約20%です。『Google流ダイバーシティ&インクルージョン』によると、"見過ごされてきた人々"の持つ機会と購買力は以下の通り。世界の女性の収入は18兆ドルだそうです。単純に機会損失ですよね。
- これから2、3年でインターネットユーザーとなる人数:7億人
- 障がいをもつ消費者の世界市場(2017):1兆ドル
- 米国のラテンアメリカ系十便の購買力(2020):1.7兆ドル
- 米国のLGBTQ市場(2017):9170億ドル
- 世界の女性収入(2020):18兆ドル
- 「Next Billion User(次の10億ユーザー)のグローバルGDP寄与度(2020):10兆ドル
- 米国における黒人の購買力(2020):1.4兆ドル
- 米国における黒人の携帯アプリユーザーの増加率(2016):56%
- 世界の障がいをもつ人の数:10億人
- 米国におけるラテンアメリカ系の携帯アプリユーザーの増加率(2016):48%
※参照元:『Google流 ダイバーシティ&インクルージョン インクルーシブな製品開発のための方法と実践』(ビー・エヌ・エヌ)21ページより
──これらの思想に至った経緯について教えてください。
テクノロジーの進歩は目覚ましく、例えば男性も利用するウェアラブルデバイスやそれを用いたスリープトラッキングなどはソフトウェア、ハードウェア、AI/MLと全方位の技術を駆使して生活を豊かにしてますよね。
一方で3度の妊娠期間に思ったのは、マタニティ生活がいかに原始的かということ。これだけ周囲のテクノロジーが進化しているにも関わらず、お腹の赤ちゃんの心拍や健康は月に一度の通院を待つしかない。アプリだって特にパーソナライズのされていない日めくりカレンダーしかない。さらに驚くことに1人目から3人目を産むまでに7年あったにもかかわらず、その状況が何一つ変わっていなかったんです。エンジニア的な思考としてはモニタリングは常にしつつ異常があった際にアラートが飛んでくるぐらいの体験があっても良いと思うんですよね。
IT業界のジェンダーギャップが及ぼす生活の質のギャップが浮き彫りになっていると感じました。こういったフェムテック分野には膨大なビジネスチャンスがあると共に、ただでさえ不安の尽きない妊娠期間のQOL向上にもつながり人類にとってもハッピーなはずですよね。
──神谷さんにとって、こうした活動の原動力となっているのはどんなことですか。
ジェンダーギャップが「ある」状態を、まずは公平な状態にしたいということです。昨今、D&Iから「DE&I」へと定義が変化してきたように、ジェンダーギャップの真の解消にはEquityの概念が重要なんです。出発点からの不公平が存在している状況では、機会を平等に提供したところで社会構造的な不平等は解決されず、構造的格差を再生産させてしまう。そこを解消したい思いがすべての原動力です。
実際にデータを見てみると日本は女性エンジニアの割合が20%前後と言われていまして、これはOECD41カ国で見ると35位ですし、World Economic Forumの調査によればSTEM分野における卒業生の女性の割合は最下位の15.25%なんですね。それにテクノロジー業界における男女の賃金格差は約32%で、下から3番目、つまり格差が大きいんです。
私自身、育休から復帰して開発の最前線に配属されたときは、「せっかく最前線の現場に入れたんだから、時間がないとか言い訳しちゃダメだ」と思い込んでしまって、子どもが熱を出しても仕事に穴を開けちゃダメだとか、子どもを言い訳にしちゃダメだっていう呪縛にとらわれていました。
いま思えば、その時の私は「インポスター症候群」に陥っていたのだと思います。褒められても「運が良かっただけ」「自分のスキルのおかげじゃない」と思ってしまっていました。実際、周りからも「神谷さんって自信がないですよね」とよく言われていました。
そんなときにコロナ禍に突入。緊急事態宣言で、保育園児2人を在宅で見ながら仕事をしなきゃいけなくなったときに、ぷつんと糸が切れてしまった。「なんでこんなに頑張っているんだろう」と。
まだまだステレオタイプ的に家事・育児にコミットしている女性が多い中、そういう人たちがプログラミングを学んで手に職をつけたら、きっと人生が変わる。だから社内のDE&IワーキンググループやMs.Engineer、Waffleの活動を通じて、アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)を起こそうと多様な働きかけをしています。