2年半でメンバーが3倍に! カケハシの組織編成の変遷
株式会社カケハシが提供する調剤薬局向けプロダクトは、薬局体験アシスタント「Musubi」をはじめとして複数展開していることから、プロダクト開発組織は複数のドメイン、さらに複数チームに分かれ、その一つが新田氏が所属する「Musubi AI在庫管理」開発チームだ。
医薬品在庫管理・発注システム「Musubi AI在庫管理」は、アナログで行われてきた薬局の薬の在庫管理を効率化するために、AIを活用して在庫管理及び発注業務を行うというサービス。機械学習で需要予測や在庫量予測を行い、発注する薬をリコメンドし、さらに結果を自動的にフィードバックする仕組みになっており、流通のトレンドだけでなく慢性的な病気の薬のストックなど、薬局ならではの特性を反映させている。
2020年頃の立ち上げ期はプロダクトマネージャーやスクラムマスター、デザイナー、エンジニア、データサイエンティストなどさまざまな職能メンバーによる6人体制となっていた。その後スクラムを導入し、15人の組織になったところで分割。2022年5月より職能別のチームとして運営方法をLeSSに移行し、現在は30人以上に拡大してきたため、新規事業を立ち上げる事前準備としてチームを再設計しようとしているという。
新田氏は「2年間半という短期間で人数が増え、変化に合わせて組織の形やプロセスも変える必要があった。そのために実験的な取り組みをし、中にはうまくできなかったこともあった。それによっていろいろな気付きや知見を得ることができた」と語る。
考慮すべき「オンライン&オフライン」コミュニケーションの違い
コロナ以降の変化の中で、特に意識すべきものとして新田氏があげるのが、「オンライン」と「オフライン」のコミュニケーションだ。「デジタルで使えるコミュニケーションチャネルが限られていることを考えるべき。人は五感プラスαで情報を受け取っているが、デジタルコミュニケーションでは一部が受け取れなくなる」と新田氏は語る。
人のコミュニケーションは、会話やテキストなど言語的な「バーバルコミュニケーション」と、顔の表情や声の大きさなど非言語的な「ノンバーバルコミュニケーション」の2種類に大別される。「メラビアンの法則」によると、人がコミュニケーションで受け取る情報のうち、「言語情報」はたったの7%に過ぎず、見た目や表情などの「視覚情報」と声のトーンや大きさなどの「聴覚情報」で9割以上を占めるとされる。
もちろん言語情報が7%だからといって、話す内容が意味を失うわけではないが、視覚や聴覚などのノンバーバルコミュニケーションで得た情報が記憶に残りやすいというわけだ。
たとえば、ビデオチャットでコミュニケーションする際に、話す・書く・描くに加えてスタンプや表情、身振り手振りといったリアクションが「伝える手法」として用いられるが、カメラをオフにしてしまうとリアクションのほとんどが使えなくなる。
新田氏は「伝える手段を持っていても、使わなければ伝わることはない。伝わったかどうか、反応がなければ話し手は不安になる。それではコミュケーションが潤滑に行えない」と語る。もちろん、カメラ以外にもスタンプなどもあり、単にカメラのオンオフの選択というより、主催者と参加者の共通認識のすり合わせが重要というわけだ。新田氏は「誰も反応しない会議に意味はない。主体的に参加したいと感じる会議になっているかが重要」と語った。
参加する会議への主体性を高める「最速の改善方法案」
それでは、主体的に参加したいと感じる会議とはどのようなものか。一般に、会議の目的は「共有」「発散」「集約」とされ、それぞれ期待する価値ごとにアプローチが違う。この目的とアプローチを意識しながら会議を設定・実施することが重要というわけだ。新田氏は「複数の目的をもたせると難易度が上がる。基本的には1つの会議には目的は1つとした方が望ましい」と語る。
こうした目的を意識しながら、会議主催者が価値ある会議にしようとすれば、必然的に準備に時間を費やし、カメラのオンオフについてもルールの合意形成が必要となる。会議参加者側もカメラのオンオフに関わらず「自分の情報」を伝える努力が求められ、参加している自分の価値をどう出すかを考える必要がある。つまり、参加する意味がないと感じる会議なら、参加しなくてもいい。しかし、参加する意味があると感じる会議なら、主体的に臨むことが必要というわけだ。
そこで、新田氏は「会議の主体性を高める最速の改善法案」として次の3つをあげた。まず1つ目は「前日までに事前のアジェンダを展開すること」であり、提供する情報として前提を揃えることが目的だ。これを見て自分に不要と思う人なら不参加で問題ない。そして、2つ目は、参加者の人数について、主体性をもって、ディスカッションできる人数である5人までにすること。そして3つ目は、ビデオのオンオフなども含め、オンライン会議に関する共通認識を作るために、参加予定の全員に本登壇資料を読んでもらうのがよいという。
新田氏は、その他オンラインになって失ったものとして、「セレンディピティ(偶発的なコミュニケーション)」など、一方で手に入れたものとして「全員のデジタル環境、非同期コミュニケーション環境」などをあげ、「この環境で高い生産性を得るためには、より深く設計されたコミュニケーション設計が必要。ツールやフレームワークを利用したコミュニケーションのアーキテクチャを検討するなど、エンジニアが得意とすることも多い」と語る。そして、「私たちのチームでは、事業状況変化や組織変化に伴い、従来のコミュニケーションではうまくいかない、情報が共有されないといった問題が生まれた。そこでコミュニケーションについては常に設計し、アップデートが必要」と強調した。
そして、現在行っているコミュニケーションに関するチームでの取り組みについて、いくつか紹介された。
まず新しくメンバーが入る時のオンボーディングは、チームの状況や個々人に合わせて設計しているという。基本的には、最初にマインドセットを伝える目的のもと、ミッション・ビジョン・バリューおよび仕事の取り組み方、組織の現状と課題などを伝え、さらにノンバーバルな部分をインプットするためにチーム全員との1on1を実施している。
また新しくチームができる時には、「非同期でできることは非同期で」を意識して、LeSSのデイリースクラムの非同期化を実施したり、ディスカッションをMTG設定して同期したりした。組織拡大の時には、チームオフサイト企画としてオフラインでのコミュニケーションを重視し、リアルなワークショップなどを実施したという。
新田氏は「カケハシでは、スクラムマスターや開発ディレクターなど、カイゼン組織づくりを専門職として認める社風があり、それによってチーム作りをしてきた。試行錯誤の中で、オンラインの特性を理解し、メリットを最大化、デメリットを最小化するアーキテクチャを設計し、プロセスと文化を実装する。それによって変化を起こしていくことが大切」と語り、まとめの言葉とした。
チーム外との「横のつながり」を生み出す5つの施策を紹介
続いて、会社の黎明期に入社した横田氏が登場。患者と薬剤師をつなぐプロダクトの開発を担うドメインで、薬局向けデータプラットフォーム「Musubi Insight」の開発チームに所属しており、0人から300人へと社員が急増する中で、開発エンジニアをしつつ、既存社員と新しく入った社員との橋渡し役を多く担ってきたという。
そんな横田氏にとって、「チームメンバー以外とのつながり=横のつながり」は、メリットが大きいという。信頼関係ができれば困った時に助けてもらい、問題解決がスムーズになる。また、つながった先からさまざまな情報が集まり、知識やキャリアにプラスになる。そして、チーム内で視点が固まりがちなところ客観的な意見がもらえ、「セレンディピティ」につながることも多い。これらは社会ネットワーク理論でも、よく話題としてあげられるものだ。
この「横のつながり」をつくる上で、近年影響が大きいのがリモートワークだ。「地理的な制限を受けない」「会議室予約などミーティング場所を作るハードルが下がる」などのメリットがありつつも、「ランチ・立ち話などでチーム外のメンバーと顔を合わせる機会がなくなる」「偶然に知り合いの知り合いが知り合いになることが少なくなる」といったデメリットも生じている。つまり、何もしなければ、横のつながりが生まれず、チームがどんどん閉塞化してしまうというわけだ。
そこで、カケハシではあえて「横のつながり」をつくるため、5つのタッチポイントで施策を実施しているという。それぞれについて詳細が紹介された。
1.チャット
①新入社員向け
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自己紹介チャネル
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担当メンターが新入社員の紹介をする。自己紹介ドキュメントや分報チャネル(後述)へのリンクも貼られている。
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駆け込みチャネル
- どこに聞けばいいかわからない質問を聞くと、誰かが回答・エスカレーションする。
いずれも横のつながり作りに役立ち、当事者でなくても「誰が何に詳しいか」を知ることができるというメリットがある。
②既存社員向け
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分報
- 自分専用のつぶやきチャンネル。困っていることを呟けば、誰かがサポートしてくれる。
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趣味チャンネル
- 地域・趣味・技術的トピックなどのチャネルでチームを跨いで交流できる。
特に趣味チャンネルは部署や役職関係なく参加しており、横のつながりづくりに大きく貢献している。
2.全社ミーティング
①新入社員紹介
月1回開催。新入社員自身が事前に用意した自己紹介ページを使って、ファシリテーターと対話しながら自己紹介する。全社員が参加し、タイムラインでは、趣味チャネルへの勧誘などがあり、横のつながりを作るきっかけになっている。
②定常時
月1回開催。「Most Valuable Furumai」として、カケハシの推奨する価値基準(Value)に相応しい振る舞いを事例とともに紹介し表彰。チャット上の「称賛ワークフロー」を活用し、気軽に誰かを称賛できるようになっており、そこからピックアップされる。バリューの浸透のために始められたが、社員同士の話題のきっかけとなっている。
3.社内勉強会
学習することが推奨されており、業務時間を使って勉強会を開催できる。
①全社のLT会
月1回1時間枠で全社対象で実施。EMメンバーがリードして運営し、発表内容は有志で集める。テーマは、技術トレンド・ナレッジシェアなど。社内のエンジニアメンバーの興味や得意分野がわかる。
②草の根の勉強会
草の根で勉強会や輪読会が実施されている。DDDやLeSS、React、データ基盤、データサイエンス、医療情報ガイドラインなどテーマは多岐にわたり、チームを跨いで交流が自然とできるようになっている。
横田氏も勉強会を主催した経験があり、その経験から「横のつながり」を促進するための工夫として次の5つが紹介された。
- 誰でも気軽に参加できるように、勉強会用のカレンダーを作成する
- 継続的に繋がれるように、定例会化する
- 勉強会の時間の中で交流できるように、相互に話す時間のゆとりを作る
- 勉強会の時間以外でも交流できるように、勉強会ごとにチャットのチャネルを作る
- 会社から書籍代の補助があり、企画・参加のハードルを下げられている
4.オフサイトミーティング
オフラインで集まるミーティング。エンジニアが全員で集まる企画では、ワールドカフェのようなワークショップが開催され、直接お礼を伝えたり、知り合いに紹介してもらって人の輪が広がった。他にも、CTOの肝いり企画であるクラフトビールのサブスク「オトモニ」と絡めた飲み比べイベントなども開催された。なお交通費支給や、チームのメンバーとの二次会の食事代補助があり、つながりを作るきっかけにもなっている。
5.メタバース(Gather)
全社的に導入検証中。評価はチームによって異なっていた。集中している、ミーティングをしているなど、他者の状況がわかり、チーム間の立ち話や雑談が生まれるなどのメリットがある反面、PC環境の問題で一部メンバーが使えなかったり、独自の運用ルールの整備が必要だったり、運用が難しい部分があった。
以上、さまざまな施策を通じて、横田氏は「リモートワークは横のつながりが生まれにくいが、さまざまなタッチポイントを設けることで促進できる。会社の文化も重要」と語りセッションを終えた。