書店員との対話で、メール技術書の不足に気づく
増井氏は技術士として関連知識の教育を提供するとともに、プログラマーとしても活躍している。ネットワークや情報セキュリティの分野でテクニカルエンジニアとしての役割を果たし、情報処理技術者試験やビジネス数学検定1級などの資格試験にも多数合格。ソフトウェア開発では、ビジネス、数学、ITを融合させ、コンピュータの効率的かつ正確な使用法を支援している。
教育の一つとして本を執筆する活動もしており、『Obsidianで“育てる”最強ノート術』(技術評論社刊)『1週間でシステム開発の基礎が学べる本』(インプレス刊)『「技術書」の読書術』『図解まるわかり セキュリティのしくみ』『図解まるわかり プログラミングのしくみ』(翔泳社刊)など多数の書籍を執筆。個人でも同人誌づくりをしたり、シェア型のリアル書店で自身の書籍を販売したりするなどの活動も行っている。
増井氏は、書籍の企画のためにリアル書店を訪問する。『実務で使える メール技術の教科書』も書店での対話から生まれた。
「書店の方と話しているとき『最近はメールに関する書籍があまりない』という意見をお聞きし、メール技術を本としてまとめる必要性を感じました」(増井氏、以下同)
本書では、メールの動作原理や迷惑メール防止策を詳しく解説する。ユーザーがメールの送信ボタンを押す瞬間から、そのメールがメールサーバーへ送られ、サーバー間でどのように転送され、最終的に受信者にどう届くかの裏側の仕組みを明らかにしている。一般的に、利用者はメールソフトを操作してメールを送受信する程度の経験しか持っていない。近年、特に法人ではGmailのようなサービスを活用し、メールクライアントの代わりにWebブラウザを使ってメールを管理するケースが増え、メールサーバーやメールソフトの細かな設定が不要になっている組織も多い。増井氏は、メールの送受信プロセスや迷惑メール対策の仕組みがあまり知られていないことから、この書籍の企画を考えた。
「2000年代前半まではSendmailやqmailなど、メールサーバーに関する書籍があったのですが、この10年ほどはあまり見られなくなりました。若い技術者が困っているのではないかという問題意識を抱き、企画しました」
メール技術はブラウザよりもシンプル
増井氏自身もメールが好きで、大学時代は研究室のメールサーバーを構築したり、オープンソースのメールクライアント「Pochy」の開発に貢献したりするなど、メール技術に深く関わってきた。
「パソコンが1人1台でない環境で、メールだけ持ち出したりしたい場合に、レジストリもいじらずにUSBメモリ上でも動作するPochyに興味を持ちました。メール技術はテキスト形式のやりとりが中心で、入力画面と出力表示だけなので、いろいろな技術が必要なWebブラウザよりもシンプルで、スムーズに学べました」
メールに関する技術は、実際に根強い需要がある。増井氏のブログでもメールに関する技術記事を公開しており、たとえば「587番ポート」というワードでGoogle検索すると、増井氏の記事「メールの送信になぜ587番ポートを使うのか?」が検索結果の上位にリストされる。このページに限らず、メールの仕組みを解説した記事へのアクセスが多かったことも、本書の刊行のきっかけとなった。
本書ではドメイン、DNS、SMTP、POP、IMAP、SPF、DKIM、DMARC、mbox、Maildir、SASL、リレーホスト、レジストリ、サーバー移行、送信メールの容量制限、再送・輻輳、文字コード、MIME、PPAP、開封確認、送信ドメイン認証、APOP、SSL/TLS、DNSSEC、オプトイン、オプトアウトといったさまざまなメール技術を紹介している。
多様なメール技術のなかでも増井氏が特に着目しているのは「Base64」や「MIME(Multipurpose Internet Mail Extensions)」だと言う。Base64はバイナリ形式のデータをテキスト形式へ変換するために、64個の英数字を用いるエンコード形式のこと。MIMEはテキストしか送れないメールを、音声や画像なども送れるように拡張する技術だ。
「メールは7ビットの制限があります。日本語のテキストは2バイト文字を使用するためデータ量が増えます。この問題を解決するために、Base64でテキストを変換して対応します。制限に対応するためにエンジニアが独自の仕組みを考え出して適切に管理しているのは興味深い点です。MIMEなど、テキストベースで画像ファイルを扱うように、既存のシステムを維持しながら全てを処理しようとするアプローチはすごいなと思います」