スクラムは実は残酷? 実践から導かれた成功の秘策
セッションは、次に「成功体験」のテーマへと進んだ。橋本氏が「うまくいったプロジェクトはどのようなものだったか」と問いかけると、まず青木氏が自身の経験を語る。
青木氏は、主に1年以上にわたる長期プロジェクトを担当することが多く、プロジェクト中にメンバーのモチベーションが低下するのが大きな課題だと指摘する。その対策として「マイルストーンを設定し、定期的に振り返りを行うこと」を挙げた。また、モチベーション向上のためにオフ会のようなイベントを開催するなど、チーミングを重視しているという。メンバー全員が積極的にプロジェクトに取り組むための仕掛けを常に考えることで、全員がプロジェクトにコミットする環境作りに注力しているのだ。
具体的な取り組みとして、青木氏はプロジェクトに関わるすべてのメンバー(PM、QA、テスターなど)に対して、定期的に「期待値」をメッセージとして伝えているという。全員の貢献と期待をバイネームで記載し、Slackのプロジェクト専用チャンネルに公開することで、透明性を高めつつ個々に期待感を持たせる仕組みだ。この取り組みにより、クライアントからの追加要望や変更に対しても、メンバーが積極的に対応する姿勢が生まれたという。「特に受託開発では、クライアントの要望が頻繁に追加・変更されるため、こうしたチーム内の一体感を初期から醸成することが重要だ」と青木氏は強調した。
橋本氏が「クライアントとの関係性やモチベーション管理には特別な工夫があるか」と尋ねると、青木氏は「フラット訪問」という手法を紹介した。これは、プロジェクト進行中でもタイミングを問わず、クライアントのオフィスにふらっと立ち寄り、雑談を交えながらプロジェクトの状況や課題を聞き出すというものだ。最初は表面的な答えしか返ってこないことも多いが、深掘りすることでクライアントが真に抱えている課題や懸念を把握できるという。「こうした問題を即座に解決することで、クライアントの信頼を得るとともに、期待値の調整もしやすくなる」と青木氏は説明する。
続いて岩瀬氏が、「自社開発において重視しているのは、何を作るかだけでなく、どういうプロセスを経て何を作ったかという点だ」と述べた。岩瀬氏の携わる開発現場では、WBS(作業分解構造)による細かな管理よりも、アジャイル開発、特にスクラムを取り入れることが多いという。「スクラムはチームの問題が強制的に可視化されるため、実は残酷な手法だ。振り返りの際に課題が浮き彫りになることもあり、一時的にモチベーションが下がることもある。しかし、チーム全体でその課題に向き合い解決し始めると、ベロシティ(開発の進行速度)が急上昇し、モチベーションも回復する」と岩瀬氏は語る。このプロセスを通じてチームのリテンションレート(定着率)も大幅に向上し、結果的に成功体験に繋がったという。
また岩瀬氏は「メンバーがプロダクトに対して愛着を持ち始めることが重要だ」とも述べる。メンバーが自主的にプロダクトに関わり、頼まれていないことまで進んで行うようになる時、チーム全体の仕事への姿勢が変わるというのだ。中には「好きでたまらなくなり」、時間外でもプロダクトに取り組むメンバーも現れるという。岩瀬氏は「マネージャーとしては止めるべきだが、内心ではもっとやってほしいと思ってしまう瞬間だ」と密かな喜びを漏らした。
橋本氏は、受託開発での成功体験として、現場の声に耳を傾ける中でクライアントが本当に必要としているプロダクトに気づき、当初の要求を覆して新たなプロダクトを提案した経験を紹介した。「クライアントワークでお客様の要求を覆すのは、一般的には良い方法ではないかもしれない。しかし、この提案がクライアントに受け入れられ、現在そのプロダクトは事業に大きく貢献している」。
また橋本氏は自社開発に関して、「単にKPIなどの数字だけで評価するのではなく、顧客と直接対話し、自分たちのプロダクトがどのように役立っているかを確認しながら動くことが大切だ。ITを通じて人々の役に立っている実感を得ることが成功体験に繋がる」と指摘している。