「手を動かして学ぶ最後のチャンス」AI時代のアーキテクト論
小田中:これまでのキャリアの中で、アーキテクトとしてどんなターニングポイントがあったかお聞かせください。

米久保:2回ほど大きなターニングポイントがありました。1つはチームリーダーになった時です。それまでは自分がコードを書けば何とかなったのが、そうはいかなくなりました。コピーロボット(藤子・F・不二雄の漫画作品に登場する自分の分身ロボット)が5体くらい欲しいと思うような状況になり、考え方を変えなければならない。その時、メンバーを育てながらチームを成長させる視点と、いろんなステークホルダーとの協調が必要だと気づきました。技術力だけでは立ちゆかず、高度なコミュニケーション能力やソフトスキルが求められるようになったのです。
2つ目はプロダクト開発を担当するようになった時です。受託開発は有限のプロジェクトでしたが、自社開発するプロダクトには終わりがなく持続的成長が必要です。ビジネスを理解し、技術者としてどんな貢献ができるか考えるようになり、営業やビジネスサイドと一緒に仕事するため、さらに高度なソフトスキルが求められ、視座が上がりました。
小田中: 1人のエンジニアから始まって、コードを書くのが楽しいところからソフトスキルやビジネスへの眼差しが求められるようになったのですね。アーキテクトになってから仕事への取り組み方やインプットの仕方で変化したことはありますか?
米久保:電通総研に入ってから変わりました。それまでは目の前の技術に向き合い、コードを書くだけでしたが、問いを設定しないと物事が進まなくなりました。問題を見つけて仮説を立てる構想力が重要になるため、ソフトウェア技術以外にも目を向けて勉強するようになりました。
自社プロダクト開発を担当するようになってからは余裕ができ、社内イベントで発表登壇するようになりました。今では社外のさまざまな勉強会やカンファレンスに参加しています。いろんな業界業種の方とお話しする機会が増え、すごく刺激を受けて、そのことがアーキテクトとしての深みを与えてくれたと思っています。
小田中:昔はみんな忙しくて勉強会に行く暇がないという難しさがありましたが、働きやすくなって余裕ができたからこそ、勉強したりコミュニティでつながったりできていますね。まさに米久保さんがそれを経験されたのは非常にいい話で、この記事を読んだ若手は「勉強会って大事だな」と思ってくれるでしょう。
米久保:いろいろなところに参加してほしいと思いますね。
小田中:最近はDDD(Domain-Driven Design:ドメイン駆動設計)の勉強会や入門書も人気で、アーキテクトのニーズの高まりもあいまって、目指したいという人が増えていると感じます。アーキテクトを目指す若手や中堅エンジニアは、どんなスキルやマインドセットを磨けばよいでしょうか?
米久保:AIができる領域が増え、何を勉強すべきか見極めるのが難しい時代ですが、私はティム・オライリー氏が記事中で示した「ソフトウェア開発者の仕事がAIに奪われるわけではない」という趣旨の発言に賛同しています。
たとえば、AIの出力を評価して、ディレクションを与える、問題を設定して解決の枠組みを定めるといった点は人間の仕事として残ります。これがアーキテクトの仕事になってくると思います。
重要なのは開発プロセス全体、要件定義から設計、テストまでのソフトウェアエンジニアリングを適切に学ぶこと。知識だけでなく実際に手を動かして体験することです。AIによって奪われるのは、今の仕事そのものではなく「経験する機会」であり、これこそが大きなリスクだと考えています。今がラストチャンスかもしれないという気持ちで、自ら手を動かして学ぶことが重要です。
小田中:おっしゃる通りです。今は手を動かさなくてもそれなりのものが出てしまいますが、うまく使うと学習にすごくいいですよね。自分もコードを書く最前線からは退いていますが、AIに相談したら環境設定まで伴走してくれる。何回聞いても怒らない丁寧なOJTトレーナーがついているようで、すごく学習しやすい。マネジメントにフォーカスしていて技術ブランクと危機感を抱く人もいると思いますが、優しいAIがサポートしてくれる世界になっていますね。
米久保:そうですね。環境構築や基本的なところの学習にかかっていた時間が、AIによってすごく短縮できます。将来は変わるかもしれません。画像や動画と違いソフトウェアはバイナリの一部が間違っていると動作しないため、現在のAIは人間が読めるソースコードを生成します。ですが、そのうちきっとAI独自のプロトコルが作り出される。人間にはさっぱりわからない「なんじゃこれ?」というものが登場するような未来を想像しますね。