器用貧乏だからこそ生まれた価値――アウトプットを繰り返して「禅問答」を脱出
まず登場したのは、クックパッドの出口貴也氏だ。彼は、事業会社でのサービス開発において、デザインとエンジニアリングを越境することの意味や効果について解説した。
出口氏は自身のことを「器用貧乏」と語る。クックパッドへの入社後、数多くの役割を経験してきたからだ。
「入社後に初めて担当したのは料理コミュニティサービスでした。Ruby on RailsやiOSアプリのソースコードを書きつつ、コミュニティ運営やCS対応、集客施策など、必要なことをなんでもやっていました。
次に、クックパッドとは別のBtoBスタートアップ企業に出向し、『Kibela』という情報共有ツールの立ち上げを経験しました。初期はインフラからデザインまでなんでもやり、後期はプロダクトマネジメントやユーザーのカスタマーサクセスなどに携わっていたんです。
その後クックパッドに復帰し、2018年は料理学習アプリ『たべドリ』の立ち上げに携わりました。ここでは、主にUIやアニメーションのデザイン、プロトタイピング、React Nativeでのアプリ開発を担当していました」
かつて出口氏は、エンジニアとしてもデザイナーとしても飛び抜けた存在ではない自分に、負い目を感じていた時期があった。だが今では、そんなキャリアを積んだからこそ出せる価値があると考えているそうだ。「何を作ったらいいのかわからないカオスな状況ほど、役割を越境した経験が効いてきます」と出口氏は述べる。
「クックパッドでは、『毎日の料理を楽しみにする』というミッションに基づいてプロダクトを作っています。これは非常に難しいテーマです。どうすれば楽しくなるのかもわからないですし、その方法があるのかさえ不明だからです」
クックパッドのミッションが抱えるファジーさゆえに、サービスを開発するメンバーは「禅問答」に陥りやすいという。これは、同じことをぐるぐると考え続けて具体的なアウトプットが何も出せなくなってしまう状態を指す。出口氏も、一時期はこの状態に陥っていた。
「かつて僕はイギリス支社に滞在していた時期がありました。その頃、創業者から『クックパッドのレシピを見ても料理って上達しないよね。なんとかできない?』という問いを受けて、解決策を考えていたんです。最初はメンバーと議論し合いながらロジカルに考えていたんですが、完全に煮詰まってしまいました」
出口氏は、その状態を「1日に1つのプロトタイプを作る」ことで脱していった。起床して会社に行ってから、昨日作ったものを評価する。その上でアイデアを出して、午前中はデザインをする。昼過ぎに実装を始め、17時までにデプロイして退社し、スーパーに直行する。家で料理をしながら、作ったプロトタイプを自分で使う。このサイクルで毎日生活し、改善を続けていったという。
「僕は『議論するより行動しよう』という言葉が好きです。アイデアを出す際に抽象的な議論に終始するのではなく、具体的なアウトプットに落としこんで提案することが重要なんです。それをくり返すことで、徐々にゴールに近づいていけます。そして、くり返しのスピードを上げるときには、デザインとエンジニアリングを越境した経験が非常に役立つのだと感じました」
クックパッドは数多くのサービスをリリースしており、そのどれもが「毎日の料理を楽しみにする」というミッションをベースに作られている。メンバーが取り組んでいる課題は複雑かつ曖昧で、解決が難しいものが多い。だからこそ、デザインとエンジニアリングの両方を担えるUXエンジニアが存在する意義がある。同職が活躍できるフィールドが数多く存在していると、出口氏は結んだ。