「観光」と「IP」、なぜこの二つが成長産業なのか
東京タワーの下にある5階建てのビルに、プロジェクション・マッピングやAR、VRなどを駆使したアトラクションを楽しめる「RED° TOKYO TOWER」というテーマパークがある。最新のeスポーツ向け機材も揃えており、大会も開催できる。この施設を運営しているのが、小林氏が所属するTEG株式会社だ。
小林氏はこれからの日本では、観光とアニメやゲームなどのIP(Intellectual Property:知的財産)の産業が伸びると語り、観光とIPを掛け合わせた結果、東京タワーの真下でテーマパークを開くことになったと、RED° TOKYO TOWER開業のいきさつを明かした。
TEGの設立は2020年12月。そしてRED° TOKYO TOWERの開業は2022年4月。まだまだ産まれたての会社だが、事業の方針は今後数十年を考えて決めたと小林氏は語る。現在、日本で強い産業と言えば自動車だ。今後も自動車産業は強い産業であり続けるだろう。しかし自動車産業は現在、電気自動車への移行という業界始まって以来の大転換期を迎えている。電気自動車への移行において、日本の自動車産業が後れを取ってしまい、産業として強いものでなくなってしまう可能性も否定できない。
そこで小林氏たちTEGのメンバーが目を向けたのが観光とIPだ。日本のアニメにはすでに世界に受け入れられているものも多くある。そして、まだ世界には知られていないが、世界に受け入れられそうな作品もたくさんあると小林氏は言う。ゲームの世界を見ても、日本のゲームは世界で求められる存在になっている。
そして、日本政府は外国からの観光客を増やす方針を掲げており、関連する政策を打ち出している。新型コロナウイルス感染症の世界的流行で、この計画は中断を余儀なくされたが、入国制限緩和後はRED° TOKYO TOWERを訪れる外国人観光客は増えている。
以上のような事情を考えると、日本では今後、産業として観光とIPが強くなっていくことは確実だと小林氏は断言する。そう考えて、TEGでは観光とIPの領域で事業をすることを決めたという。さらに、日本のカルチャーやクリエイター、eスポーツのプレイヤーを世界に発信していくことも事業計画として掲げた。現在はRED° TOKYO TOWERを拠点にしてeスポーツの領域を中心に事業を進めているが、今後は日本のエンターテインメント全般を世界に発信していくとしている。
最先端の技術で日本のコンテンツを世界に
続いて小林氏は、TEGを支える社内システムの概要図を示した。大きく「共通」「リアル」「バーチャル」の3分野に分かれており、「共通」の部分では主に顧客データの管理と認証を受け持つ。「リアル」の部分ではRED° TOKYO TOWERの入場チケットの販売や、物販、飲食物の販売を管理している。
小林氏が今後伸ばしていきたいと語るのが「バーチャル」の領域だ。ECで日本の多種多様なIPに関連する商品を販売する。もちろん日本国外のユーザーにも積極的に販売していく。そして、独自の暗号資産(トークン)も展開している。「RED TOKEN」という名称で、世界12カ所の暗号資産取引所にすでに上場している。現時点では暗号資産のやり取りに必要なウォレットなどの基盤となる部分ができたところだが、今後はより広い用途で使えるようにしていきたいと小林氏は話す。
例えば、RED° TOKYO TOWERの入場チケットをトークンで購入できるようにしたり、ECでの買い物にトークンを使えるようしたりするという。さらに、eスポーツ大会を開催したときに、参加料をトークンで支払えるようにして、賞金もトークンでもらえるようにもしてきたいと将来像を小林氏は語る。また、「ドル、ユーロ、円など、ユーザーごとに通貨がそれぞれ違っていたら、いろいろ面倒なことが残る。世界共通で使える通貨であるトークンなら、世界各国の人が同じ通貨でいろいろ楽しめる」と、トークンを導入することによるメリットも挙げた。
そして、メタバースにも挑戦する予定だという。これは、RED° TOKYO TOWERを訪れた外国人観光客が本国に帰ってからも、日本の文化に触れられる環境を作りたいという考えからだ。例えばメタバース上でコンテンツを配信したり、メタバースの中でeスポーツ大会を開催したり、メタバースの中で開催するイベントでトークンを使ってもらうといったことを考えているという。
メタバースの開発は、スクエア・エニックスから独立したJP GAMESという企業と提携して進めている。将来は自社のメタバースに限らず、いろいろな企業のメタバースとつながって、マルチ・メタバースともいうべき世界を作っていきたいと小林氏は構想を語った。そして参加者に向けて、日本の文化を世界に広めるために力を貸してほしいと訴えた。
複数企業でのCTO経験から語る、エンジニアのキャリアに大切な事
バーチャルな世界が広がっていくのに合わせるように、リアルなテーマパークも世界中に広がっていく。すでに国内外のさまざまな都市から、「RED°」を誘致したいという話がかなり来ているそうだ。TEGは誘致の話を真剣に検討し、今後日本国内だけでなく、国外の観光地にも「RED°」を作っていく。
そして「RED°」に設置するアトラクションもどんどん変わっていく。バーチャルの世界でも、トークン、コンテンツ、メタバースを中心に世界が広がっていく中で、当初は想定していなかったサービスが出てくる可能性もある。小林氏は「今後を考えると無限の可能性がある」と胸を張る。
ここで小林氏は話題を変え、TEGではどのようなエンジニアを求めているのかという話を始めた。暗号資産やメタバースに挑戦する企業と聞くと、特別な専門知識が必要になるのではないかと考える人もいるかもしれないが、小林氏は「そのような分野の経験者を求めてもほとんどいないだろう」と見ている。
TEGがエンジニアに求めるのは、少なくとも1つのプログラミング言語を使いこなせることと、Amazon Web Services/Google Cloud Platform/Microsoft Azureといったパブリック・クラウド・サービスを利用してアプリケーションを作ったり、システムを構築したりした経験だ。この条件なら、かなりの数のエンジニアが当てはまるのではないだろうか。そしてもちろん、日本のエンターテインメントに関わるのだから、ゲームやアニメやeスポーツが好きであるほうが望ましい。エンターテインメントの領域が好きな人に来てもらえれば、毎日が楽しいだろうと小林氏は付け加える。
小林氏はこれまで数社でCTOを務め、合計で何千人ものエンジニアを見てきたという。その経験から新しいキャリアに踏み出そうとするエンジニアたちにアドバイスを送った。まず、新しいキャリアを選ぶときはどんな経験を積めるのかということが大切だという。小林氏は、天才サッカー少年や、天才卓球少女は存在するが、天才少年エンジニアや天才少年経営者は存在しない点を指摘。サッカーや卓球は才能があれば幼い頃から活躍できるが、エンジニアや経営者としての仕事ぶりは経験が大きくものをいうからだという。エンジニアとして、人から大きく評価される仕事をやり遂げるには、適切な経験を十分積むことが必要だということだろう。
そして、小林氏が見てきたエンジニアの中には、自分がどのようなことができるのかという点だけで仕事を選ぶ人もいるそうだ。自分のキャリアアップ、スキルアップのために働くという人もいる。しかし小林氏の経験では、お客さまのためや、会社が実現したいビジョンのために働いているエンジニアのほうが、より大きな成果を残してきたことが多いそうだ。
最後に小林氏は、エンジニアとしてどの産業で働くかをよく考えたほうが良いという。小林氏は新卒でエンジニアとして働き始めたときは不動産や石油の業界で働き、その後はEC、自動車の業界で働いてきた。そして今は観光とIPで勝負しようとしている。
エンジニアとしてスキルを磨くことはもちろん大切なことだ。小林氏はその磨いたスキルをどこで発揮するのかがとても重要であり、自身もその点を考えてキャリアを歩んできたと強調する。スキルを発揮する場をしっかり選ぶことで、仕事が充実し、好待遇など良い条件で働けるということだ。最後に小林氏は「あなたが50〜60歳になったときに強くなっているであろう産業に、今から関わったほうが良い。これから日本では観光とIPが強くなっていく」というメッセージを残し、エンジニアたちに、エンターテインメント業界に挑戦するよう呼びかけた。