フツーのエンジニアが「生きやすさ」を求めてたどり着いたのは外資系だった──自分らしく働く3つのヒント
【A-2】フツーのエンジニアの私がフツーにグローバルな環境で働く~生きやすさを追及したらこうなった
グローバル化が進む中で、IT業界の働き方もまた「グローバルな環境」となり、もはや当たり前の時代となりつつある。しかし、異文化や違う背景を持つ人々と協力して働くことには、多くの挑戦や障壁が伴うことも少なくない。特に業界内では少数派である女性エンジニアとして、これまでの環境下でどのようにして生きやすさを追求し、自分らしさを保ってきたのか。Snyk株式会社 シニアソリューションズエンジニアの古山早苗氏が自身の経験について共有した。
エンジニア人生、「生きづらさ」の正体は?
国内ユーザー企業やSIerを経て、外資系ソフトウェアベンダーでインフラから開発までさまざまな経験をしてきた古山氏。大学・大学院では情報工学科で計算機工学を専攻し、画像認識をテーマにC言語を用いた基礎研究をしていたこともあり、「漠然とコンピュータを使った研究を続けるか、コンピュータを使う仕事に就きたいと考えていた」と語る。
当初は衛星画像の処理をするような画像処理関連の会社を希望していたが、教授の勧めもあって画像処理の研究所があって女子寮のある凸版印刷に入社する。しかし、組織変更に伴い研究所ではなく、金融事業部にSEとして配属された。その後、5回ほど転職をして今に至る。
古山氏は、「当初希望の仕事でなかったこともあり、しんどい思いをしたが、一緒に仕事をしたSIに転職したり、力試しをしたくて外資系に飛び込んだり、その結果、幸せ度は年々上がっているので、おおむねハッピーなエンジニアライフといえる」と振り返る。何をもってハッピーだと感じているのか。
古山氏はこれまでの人生には4つのフェーズがあったとし、ハッピーの反対である「生きづらさ」も変化してきたと分析する。
社会人になりたての「怖いもの知らずなオラオラ期」、最初の転職での「自信と不安と、不満でモヤモヤしていたモザイク期」については、女性であることを不自由に感じ、負けじと働いていた。その一方で、会社や周りに守られているという実感があったという。
そこで次は、「自分の力で生きていこう」と思い、会社の名前を借りずに1人のエンジニアとして立つべく外資系企業に転職したものの、外資のカルチャーにショックを受けた。しかし「自分1人だけが頑張りすぎるのはなにか違う」と気づいたという。それが「1人よりもみんなで、そしてより自分らしいエンジニアリングの形を模索する」という、今の働き方、生き方につながっている。
古山氏は、「最初のオラオラ期やモザイク期では、古風な職場への不満や女性である不自由さにフォーカスしていた。時代もあり、慣れてくれば能力不足への不安もあり、女性のライフステージ変化への圧力も感じていた。最近は多様性の理解や心理的安全性の確保なども考慮する必要が生じている」と分析し、「生きづらさは一つではなく、変化するものではないか」と語った。
この記事は参考になりましたか?
- Women Developers Summit 2023 セッションレポート連載記事一覧
- この記事の著者
-
伊藤 真美(イトウ マミ)
エディター&ライター。児童書、雑誌や書籍、企業出版物、PRやプロモーションツールの制作などを経て独立。ライティング、コンテンツディレクションの他、広報PR・マーケティングのプランニングも行なう。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
-
丸毛 透(マルモ トオル)
インタビュー(人物)、ポートレート、商品撮影、料理写真をWeb雑誌中心に活動。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
-
CodeZine編集部(コードジンヘンシュウブ)
CodeZineは、株式会社翔泳社が運営する開発者のための情報メディアです。日々の開発に取り組むエンジニアやテクノロジーを学びたい方に向けて、プログラミングやAI活用、開発ツール、エンジニアの学びとキャリアに関する記事をお届けしています。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
提供:Snyk株式会社
【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
