煩雑な環境準備を巻き取り、実装に集中できる体制を実現
toridoriのQAチームが扱う領域には、マッチングプラットフォーム特有の課題がある。企業とインフルエンサーという異なるステークホルダーのバランスを考慮する必要がある。「あちらを立てるとこちらが立たずといったことになる部分があると感じています」と池田氏は指摘する。
技術的にも独特な課題がある。外部のSNSと連携する機能や、SNS側に投稿がないとうまく動かない機能があるのだ。そのため、自社システムだけでは完結しないテストが多い。機能の動作を確認するために、テスト用のSNSアカウントを作成してテスト投稿するなどデータ準備が必要になる場面もある。
QAチームがこうした煩雑な環境準備を担うことで、開発エンジニアが実装に集中できる体制を構築している。「データ準備は、エンジニアにとって負担軽減になっていると思います」と池田氏は語る。
QAチームは、池田氏1名から3名に拡大し、外部パートナー2名を含む5名体制で運営している。短期目標である内製化に向けて着実に進展する中、約半年間での成果も数値で表れている。
「起票されてクローズされたチケットの数がおよそ200件あります」と池田氏は報告する。控えめに見積もっても100件のインシデントを未然に防いだ計算だ。
より重要な成果は、リリース判断の品質向上である。「リリース判断を数値ベースで行えるようになりました」と池田氏は語る。従来の「何となく延期しよう」という曖昧な判断から脱却し、不具合起票率などのデータに基づく科学的な判断が可能になった。
今後の展望として池田氏が描くのは、「シフトレフト」の実現だ。現在はリリース前にまとまって実施しているテストを、開発プロセスの早い段階に組み込んでいく構想である。「エンジニアが面倒だと思うテストを巻き取り、開発チームがより創造的な業務に集中できる環境をつくりたい」と池田氏は語る。
職種の境界線は消える。「腹落ち感」を重視する育成と組織文化
AI活用を通じてQAの業務に取り組む中で、池田氏は興味深い気づきを得ている。「実装担当とテスト担当、やっていることは同じでは?」という発見である。
「要件をアプリケーションに変換する」のが実装であり、「要件をテスト用のフォーマットに変換する」のがテスト設計。元になる要件は同じで、アウトプットのフォーマットが違うだけという本質的な共通性に気づいた。
この変化は職種の境界線にも影響を与えている。「QAと開発のエンジニアもますます境目がなくなっていく」と予測する池田氏。開発エンジニアもQAエンジニアも両方向のスキル習得の重要性を指摘する。
一方で、QAエンジニアリングには未経験者でも参入しやすいという特徴がある。「比較的、QAエンジニアの方が門戸が広がっていると思います。バックエンドエンジニアと比べると、未経験の方でもなりやすい職種です」と池田氏は分析する。
採用においても柔軟性を重視している。当初はQA経験者での募集をかけていたが、応募が少なかったため「組み込み系ソフトのテストのような業務をやったことがある」「何かしら仕組み化して改善した経験や、プロセスの改善をしたことがある」といった関連経験を持つ人材にターゲットを広げ、採用での成功を収めている。

未経験者育成で池田氏が重視するのは「腹落ち感」である。表面的な知識ではなく本質的な理解を促している。
教育について池田氏は「本質的な理解がなければ知識の定着度が大きく異なります」と語る。テスト技法を教える際も「こういう場合にはこの技法が有効です」という表面的な説明ではなく、「なぜその技法を選択するのか」「この問題が発生するとどのような課題が生じるか、だからこの手法が必要なのです」など、根拠まで踏み込んだ指導を心がけている。
実務重視のアプローチも特徴的だ。「なるべく早く実務をやっていただくようにしている」という方針のもと、参画したばかりの新メンバーでも完了できるサイズにタスクを切り出して任せることで、実践的なスキル習得を促進している。
品質保証という重要な責任を担いながらも、toridoriのQAチームは「正論をぶつける」姿勢を大切にしている。「プロダクトをよくするため」を前提として、開発チームに対しても「こちらの方が正しくないですか?」と率直に伝える文化を築いている。
営業職からエンジニアとなり、現在はQAチームと基盤システムチームを率いる池田氏の挑戦は、プロダクトカンパニーとして成長するtoridoriを象徴している。池田氏は「QAチームの業務で最も面白かったのは、何もないところから、組織やワークフローなどの仕組みを1から作るところでした」と語る。急成長企業では、従来の枠にとらわれず、「プロダクトをよくする」ことにこだわった挑戦の機会が多数存在していることが想像できる。

