デバッグ作業
プログラミングで最も重要なのはデバッグ作業だと言っても過言ではありません。小説執筆において一番難しかったのは、このデバッグ作業です。
プログラミングであれば、コンパイラやデバッガなど、様々なエラーを検出するツールが、日夜開発されています。しかし小説においては、こうしたツールはほとんどないのが実情です。何より、脳内でコンパイルして実行するという形式のため、人間の脳を使うか、あるいは模倣するしか、デバッグができないという問題があります。
では、自分の脳を使えばよいだろうという意見になりますが、これが実は困難です。執筆者は、その小説の内容を知っているために、純粋な初見の読者として、その小説をチェックすることはできません。
また、脳は誤った情報を自動で補完する機能を持っています。そして、執筆者の脳内には、誤り訂正のためのデータ(物語の内容を知っている)があるために、エラーをかなりの頻度で見逃します。
こうした「自分でデバッグができない」という問題に、一作目で気付いた私は、対策を立てました。それは、メンターを設けることです。
自分が書いた小説を、絶対者としてチェックして赤ペンを入れてもらう。そうした、コンパイラやデバッガに相当する役割の人が必要だと判断しました。そして大学の先輩に、メンター役をお願いしました。
メンター役を選ぶ際の条件は、3つでした。「多読で濫読(らんどく)」「言語化能力」「圧倒的に目上の人」です。
多読で濫読
「多読で濫読」は、主観ではなく客観的に意見を述べるための条件です。偏ったジャンルしか読んでいない人からは、適切なアドバイスをもらうのが難しいです。そのため、普段から大量の小説を、幅広く読んでいることを条件にしました。
また、多読で濫読の習慣がない人は、長編小説のチェックをお願いしてもレスポンスが悪いです。レスポンスが悪いということは、プログラミングの際に、コンパイル時間が長いのと同じです。コンパイル時間が長いと、プログラマーは作業効率が落ちます。
小説の確認も同じです。「多読で濫読」であることは、実行速度を担保してくれます。そして、執筆作業の効率化をもたらしてくれます。
言語化能力
プログラミング言語や開発環境を選ぶ際に、重要なことの一つは、エラーが起きた時に適切なエラーメッセージを吐き出してくれることです。
小説に問題があった際に、その問題を言語化できる能力は非常に重要です。そうしたことができる優秀な人に、メンターについてもらう必要があります。
圧倒的に目上の人
小説を読んでもらい、赤ペンでバツを付けてもらい、駄目出しをされることは、ある種、自分自身を否定してもらう行為です。そうしたことをされても、「いや、それは違う」と反論できない絶対者の方が、気持ちが楽です。無慈悲なコンパイラが望ましいです。
対面読書
もう1つ、小説の確認作業をしてもらう際に、有効だったことについて書いておきます。
大学の先輩には、最初の頃は原稿を送り、赤ペンで記入してもらい、そのあとに訪問してヒアリングをしていました。その頃は、ページ単位でバツを付けられるなど、文章のレベルが非常に低かったです。
その後、ある程度文章が書けるようになってからは、「読みながら、気付いた所だけ話す、というやり方はどうか?」と提案されました。赤ペンで書き込む場所が、ほとんどなくなってきたためです。
この「目の前で読んでもらいながら意見をもらう」という作業は、極めて有効でした。これは「人力アイトラッキング」です。視線の動きを、全て把握できます。
また、読んでいる最中の読者を観察することで、どこで引っかかっているのかが、手に取るように分かります。表情や身振りなど、豊富なログ情報も得られます。
というわけで、ここ数年は、時計とメモ帳を広げて、目の前で読んでもらいながら、細かなメモを残していく方法を採用していました。