働き方にも影響する「意思決定の変化」
続いて、庄司氏は「意思決定の変化」を挙げた。これは意思決定のタイミングや頻度といった決断力に関わるポイントだ。
たとえばジュニアエンジニアは「実装」を振られることが多いため、デザインドキュメントを渡されたのちにどう実装するかという意思決定を行い、実装フェーズでいろいろ悩みながら手を進めるという働き方が一般的だ。
一方シニアエンジニアは「解決したい課題」を振られるため、課題の調査と解決方法の策定が主なタスクになる。解決方法を決めたら実装に入るか、実装部分はジュニアに振るというのがよくあるパターンだ。
「それでも、ジュニアとシニアの仕事にはある程度の正解がある」と語る庄司氏。言われたものを実装するジュニアエンジニア、仕様を決めるシニアエンジニアにももちろん意思決定の難しさはあるが、ある程度の指針があるというのだ。一方、開発を指揮するスタッフやプリンシパルの仕事には指針がなく、正解かどうかを確かめるすべもない。
どれだけ不確実な状況でも、一定程度の調査が終わればキリをつけて動き出さなければならない。進みながら小さい判断・決定を繰り返し、新たな知見を得ながら方向修正をするという働き方が求められるのが、スタッフ・プリンシパルという職位というわけだ。
講演の前半で、「シニアとスタッフの間には大きな壁がある」と語った庄司氏。2つの職位の間に存在する壁は、まさにこの「意思決定の壁」だったのだ。
ジュニア・シニアとスタッフ・プリンシパルでは意思決定のタイミングも頻度も違う。スタッフエンジニアが「これは当たり前」と思う仕様変更でも、視座の低い立場で仕事をする現場のジュニアエンジニアからは「前言っていたことと違う」と朝令暮改に捉えられる。
こうした立場による視座・視野・視点が変わることの実例として、庄司氏は自身がクックパッドに在籍していたとき、ミーティング中にCTOが言った「なぜ自分たちのところにはめんどくさい問題しか来ないんだ」という発言を引き合いに出した。
「CTOには面倒臭い問題が集まる。それは当たり前でしょうと。現場のエンジニアで解決できる問題なら解決されている。そうじゃない問題だからこそ、自分たちのところに集まってくるわけです」
職位が高くなるにつれて求められる高さ・広さ・鋭さはより増していき、取り組むべきタスクの難易度も上がる。そのため現場レベルで解決できなかった問題が部長レベルに上がり、そこでも解決できなかった問題が経営層に寄せられる。したがって職位が上がるにつれ、エンジニアは必ず「対処が面倒で難しい問題」に当たらなければならないのだ。
「グレードによる視座・視野・視点の変化を認識できていないと、自らが求められるパフォーマンスを出せないだけでなく、ジュニア・シニアのエンジニアにストレスを与えかねない。職位が上がるにつれて仕事のやり方が変化することは、きちんと意識すべきだ」と、庄司氏は警鐘を鳴らす。
役職によっては経営判断にも及ぶ「影響力」
自分が持つべき影響力の変化も、庄司氏が10年間で学んだことの1つだ。
ジュニアエンジニアの場合、与える影響力の範囲は「周囲の人間」「チーム内にいる同グレードの人」に限られることが多い。シニアはこれに加え、ジュニアにとっての手本として好影響を与えることが求められる。
そしてスタッフエンジニアからは、部長やマネージャーなど「別方向」への影響が求められる。自分より上の立場にいる人間が意思決定をする際の参考意見を述べたり、指針を言ったりという場面が増えるというのが庄司氏の体験だ。さらにプリンシパルともなれば、経営層の意思決定にも携わるため、企業文化の醸成も含めた企業全体の影響も求められる。
「グレードが上がるにつれ、自分と同グレード、もしくは下のグレードへの影響力が高まることは容易に想像がつくだろう。しかし、自分より上のグレードへの影響が必要になってくることは、意外と見落としがちだ」と庄司氏は指摘する。そしてスタッフやプリンシパルに求められるのは、まさに「上のグレードへの影響力」だというのが庄司氏の見解だ。
具体例として、庄司氏は自身が計画したハッカソンを紹介した。これは同氏がクックパッド在籍時に社内の全エンジニアに向けて行ったもので、100人近いエンジニア全員分のM5Stackを購入する必要があった。
大胆な取り組みが周知されるにしたがって、氏のもとには「開催に際し、どのように会社を説得したのか」「どのように予算を取ったのか」という質問が続々と寄せられた。庄司氏はその回答として、「会社はあくまでも組織であり、それ自体が意思を持つわけではない。意思を持つのは常に上層部なので、CTOや部長など、意思決定権を持つ“個人”に相談した」と振り返る。
ハッカソンの場合は、部長に対して「全エンジニアの時間を1日借ります。これは絶対エンジニアのためになるので、やらせてください」とメールで交渉したという。社内のルートを通して上層部や利害関係者に説明を行うというシンプルなやり方ながら、「会社の文化を作るためには重要なアプローチだった」と自身を評価した。