お金かモチベーションか? 事業と関わる上でのジレンマ
事業貢献を目指す上で、エンジニア組織のリーダーは次のようなジレンマに遭遇したことはないだろうかと、漆原氏は問いかけた。
顧客の要望を取るか、自分がやりたい仕事を取るか。
自社の売り上げを取るか、面白い技術を取るか。
自社の利益を優先するか、メンバーへの報酬還元を優先するか。
これらはすなわち、資本の論理を優先するか、チーム作りやエンジニアとしての自己実現などのお金で買えない価値を優先するかという板挟みへの問いだ。実際、ビジネスの現場では売上増加、事業計画の達成、企業価値(株価)の上昇、獲得ユーザー数の増加といったさまざまな数字のプレッシャーが存在する。そしてそれは多くのエンジニアが苦手とするものだ。そんな数字のプレッシャーを和らげるべく苦心しているリーダーも多いのではないだろうか。そう、エンジニアのチームリーダーたちは皆、エンジニア組織を「経営」しているのだ。
一方、リーダーであるあなたはこう思うかもしれない。
「手段は問わないから10億円の売上を作って」と経営から言われてもピンとこない。
「報酬を出すから、良い感じのエンジニア組織を作って」とだけ言われてもモチベーションが湧かない。
それはなぜだろう。漆原氏は、問いかけを深めていく。
報酬はモチベーションを損なう劇薬?
ここで漆原氏は、「報酬とモチベーション」についての心理学研究を、いくつか紹介した。
スタンフォード大学のマーク・レッパー教授らは、パズルが大好きな子供たちの研究を行った。ご褒美を与えるチームと、特に何もしないチームに分け、結果を比較した。するとご褒美を与えていたチームは、報酬が出なくなるとパズルを解くのをやめてしまったのだ。一方、何もしなかったチームは、その後もパズルを解き続けた。元々パズルが大好きで「楽しい」「好き」という内発的動機を持っていた子供たちだ。そこに下手に報酬を与えるとモチベーションが低下してしまうのだ。この現象を報酬の「アンダーマイニング効果」という。
一方、報酬には「エンハンシング効果」もある。内発的動機が湧かない行為に対し、報酬を出すことによってモチベーションを高めることを指す。実は機械的なルーチン作業に対して極めて有効だ。しかし報酬を繰り返すほど効果は薄れていく。やがて報酬が足りないと思うようになり、かえってモチベーションは低下してしまうのだ。
仕事を支える内発的動機と報酬制度のような外発的動機は、慎重にバランスを取る必要があると、漆原氏は言う。もちろん仕事をする上で適切な報酬は欠かせない。しかし報酬を設計する経営側は「これだけ出してくれるのだから、どんな仕事でも喜んで働いてくれるだろう」と思いがちだ。実際には不十分な報酬制度は逆効果になる恐れもあるのだ。だからエンジニア組織経営を考える上では、お金よりも内発的動機を真っ先に重視する必要があるというのが、漆原氏の主張だ。