技術導入を成功させるための定量的アプローチ
エンジニアは新しい技術を紹介するとき、「これすごいんです!」「とても使えます!」と熱く語ることが多い。しかし、菅原氏はそれを「感想」に過ぎないと指摘する。どれだけ魅力的に伝えたとしても、上層部からすれば「それってあなたの感想ですよね?」で終わってしまうのだ。だからこそ、推しの技術の「何がどう具体的に良いのか」を数字で示す、「定量的に語る癖をつける」ことが重要だと言及する。
定量的(quantitative)とは、物事を数値化して説明することであり、推し技術を提案する際には不可欠な要素だ。「数値は人によってブレないからだ」と菅原氏は理由を説明する。一方、定性的(qualitative)な評価は主観に依存するため、人によって意見が異なる。たとえば「この技術はサクサク動くし、UIも使いやすい」という説明は感覚的であり、その魅力を正しく伝えるには限界がある。
対照的に、定量的な説明は「以前は何分かかっていた処理が、今では何分で完了するようになった」「80%のユーザーが使いやすいと評価した」といった具体的な数字で語ることができる。こうした数値化されたデータは、上層部の関心を引きつけやすいため、技術導入を成功させるための強力な武器となる。
次に、菅原氏は技術導入の際に必要なアプローチとして、「As-Is分析」と「To-Beの策定」の重要性を挙げた。新しい技術を効果的に活用するためには、まず現状を正しく把握し、技術導入によって「どこを改善できるのか」を見極めることがスタート地点だというのだ。
さらに、「改善後のゴールを明確に定義することが重要だ」とも述べる。戦略の段階でゴールを設定しなければ、進むべき方向は定まらない。菅原氏は、自身が自動化やCI/CD、DevSecOpsなどのプロジェクトに取り組む際、まずは現状のレベルを定義し、「今このレベルにいるから、次はこのレベルを目指そう。最終的なゴールはここだ」と段階的なステップを示す手法を取っているという。このように具体的なレベルを設定し、ロードマップを作成することで、現状と目標が明確になり、上層部への説得力も増すというわけだ。
また、効果を示すためには、具体的な指標を用意することも欠かせない。「指標がなければ、何がどう良くなったのか説明できず、説得力を失う。技術導入後の成果を示す際には、定量化された指標を使い、『これだけ改善した』とはっきり伝えることが重要だ」という。ただし、これを実践するのは容易ではないとも付け加えた。
菅原氏はさらに、新しい技術を導入する際のアプローチとして、いきなり大規模なプロジェクトに適用するのではなく、「まずは先行開発で試すべきだ」と提案する。その理由については、「いきなり大物を釣り上げようとすると、間違いなく失敗する。どれほど準備をしても、大規模なプロジェクトでは想定外の問題が必ず発生する。人間が100%全てを把握することは不可能だからだ」と解説する。
そのため、スモールスタートで小さな範囲から試し、想定外の課題を洗い出すことが重要だ。「この段階では、課題が出ることを前提に協力してくれるチームを募り、問題を抽出し、解決策を検討していく。そして、定量的な効果を測定し、本格導入時の効果を見積もるための基礎値を作るべきだ」と菅原氏は力説する。
この「基礎値」は、技術を導入した際の改善度合いを示す上で不可欠だという。いきなり大規模導入をしてしまうと、改善効果を測定できず、提案の説得力を失うリスクがある。しかし、スモールスタートで基礎値を測定しておけば、上位層に「これだけの効果が見込まれるので、この予算を認めてください」と具体的に示すことができ、承認を得やすくなるのだ。
最後に菅原氏は、「技術者は最後まで立ち続ける者が勝者だ。技術導入にはさまざまな壁が立ちはだかるが、それを乗り越えることを楽しむ心構えが大切だ」と語る。菅原氏自身も若い頃、何度も挫折を経験したが、今ではその壁を乗り越えることが楽しみになったという。「最終的には、諦めずに立ち続けた者が成功をつかむ。技術者としての戦いを、最後まで続けていってほしい」と力強く締めくくった。
"推し"の技術を提案・導入するには、エンジニアの情熱だけでなく、戦略的なアプローチと周到な準備が不可欠だ。菅原氏の講演は、こうした「戦略的なエンジニアリング」によって技術を組織に根付かせ、プロジェクトを成功へと導くためのヒントになるだろう。