最初の不安を乗り越え、相互に成果を実感
初めのステップは、アジャイル開発でよく使われるインセプションデッキ(※)の作成だ。
※プロジェクトの全体像を示すドキュメント。メンバーの共通認識を構築するために作成されることが多い。
「我々はなぜここにいるのか」という項目において、デンソーは「学んだ技術の定着、新しい技術習得を通じ、エンジニアとしてさらなる成長をする」こと、タケダは「デジタル化による価値をスモールスタートで体験する」ことを掲げた。さらに、両社に共通する目標として「アジャイル開発の実践を通して、ユーザー価値に着目した開発を体験すること」「全員がチーム開発を楽しむこと」を設定した。
実際のプロダクトはスクラムで開発され、研修生5名が開発者、講師がPOやスクラムマスターを担う体制で進めた。研修生は全員ソフトウェア開発の未経験者であるばかりか、それぞれの専門領域も異なる。研修生として参加した澤木氏は、「1か月前に会ったばかりの人員で、初見のアジャイル開発を行うという不安だらけのプロジェクトだった」と振り返る。
タケダ側からは、現場のデジタル化を推進したい製造現場の課長から、製造日報のオペレーションを組み立てた数値管理の事務方担当者まで、さまざまな立場の人間が参画した。大滝氏は生産管理職として加わったものの、「タケダとしては期待と不安が入り混じったプロジェクトだった」と率直に話す。
タケダにとって、デンソーのような大企業との共同プロジェクトは初めての試み。デンソーの感覚についていけるかという不安や、アジャイル開発へ取り組むことへの懸念は拭えなかった。その一方で、大企業のノウハウを吸収できるのではという期待感もあり、「知ることなしには始まらないという思いから、なるべく体当たりで挑戦する姿勢を重視してスタートした」という。
続いて澤木氏は、座学後の開発期間について説明した。スクラムで開発を行う際には、1〜2週間ごとにスプリントを行うのが一般的だ。しかし今回は開発期間が短いことから、週に2度回す方法が採用された。さらにスプリントレビューは、お互いの会社を交互に訪問する形で行われた。
澤木氏は「タケダ訪問時には実際の作業現場に出向き、作業をしながらアプリを触ってもらうこともあった」と、会社どうしが非常に近い距離にあるからこそ享受できたメリットを示す。互いに高頻度で顔を合わせ、高頻度で実際に動くものを見せ続ける1ヶ月を過ごした結果、実際の現場で試用できる日報アプリが完成した。
澤木氏はデンソー側の所感として、「単なる技術の学習に留まらず、実際に動くアプリを完成させたことで、エンジニアとして成長するという目標を達成できた」と手ごたえを口にする。
タケダ側も、DXで自分たちの仕事がどう変わるのかを身をもって体験したことで、次の導入展開フェーズに進むことができたという。大滝氏は実感として、「自分たちの仕事が楽になることに加え、紙の日報につきものだった『数字の精度の悪さ』を解決できると気づいた」と、デジタル化の効果を語った。